竹屋は小学校にあがると同時に島の外に出てしまった。
島に残る子供は、望月と取手の2人だけになってしまった。
幼馴染ということもあり、時に喧嘩しながらも仲良くしていた。
この島には中学校がないので、二人共中学にあがる時には島を出る。
中学は同じ中学に行けるとは限らないので、一緒にいられるのは小学生の頃だけなのかもしれない。
望月は、島をいずれ出るということを知りながらも毎年、竹屋との約束の場所に貝殻と竹屋へのメッセージを贈った。
竹屋からも毎年きれいな貝殻とメッセージが贈られていた。
しかし、竹屋が親に内緒で来ていることや、お小遣いが少ないということもあり、二人が会ったり会話をしたりすることは少なくなっていった。
次第に二人を繋ぐものは貝殻だけになってしまったのだ。
ふと、望月が窓を見ると今日はきれいな満月と夜空に輝く星が見えた。
『ねぇはるちゃん?はるちゃんも見てるかな?この星空。はるちゃんが今どこで何をしてて誰といるのかも知らないけど。私たちはこの星空の下で繋がっているんだよね。はるちゃんに会いたい…はるちゃん…はるちゃん…はるちゃん…』
約束の貝殻を握りながら竹屋のことを想う。
『この広い星空の全部がはるちゃんのものなんだよ?私も全部全部がはるちゃんのもの…』
竹屋はあれから泣いていなかった。
泣くのは竹屋に会った時と自分で決めていたのだ。
『早く私をはるちゃんのものにしてよ…会いに来て…話したいことたくさんあるんだからね』
毎日竹屋のことを想ってはいつの間にか眠りについているのであった。
一方の竹屋は、かなりのイケメンへと成長していた。
学校ではかなりモテている。
島とは違い、同い年の男女がたくさんいるため、友達も増えた。可愛いなと思う子もいるが望月のことを忘れたわけではない。
しかし、クラスの女子に目を奪われて心が揺れてしまうことはあった。
『小学校入学前の約束だしな…毎年貝殻は置いてあるけど、あの約束のことはメッセージにも書かれてないし、忘れてる可能性もあるよな』
あの約束とはもちろん結婚する約束のことだろう。
そうなれば、クラスのそれも毎日接触する可愛い女子に心奪われてしまうのも仕方のないことなのかもしれない。
ましてや小学4年生では尚更のことなのかもしれない。
一番は、お互いに恥ずかしいという心理から『結婚しよう』という約束をきちんとメッセージに書いていないことだ。
まるであの時の約束が嘘か夢であったかのように海からくる風が約束した時の高揚を連れ去ってしまうのだった。
竹屋が島を出てからというもの、島には望月と取手だけになってしまった。
自然と取手が望月のことを異性として意識し出してしまうのは当然のことである。
しかしそれは取手の一方的な感情であり望月はずっと竹屋のことを想い続けているのだが、まだまだ幼い彼らにはそんなことはわかるはずもないのである。
そして竹屋、望月、取手が小学5年生にもうすぐなろうとしている頃、取手も島を出ることが決まったのだ。
「僕もとうとう島を出ることになったんだ…」
学校からの帰り道で望月に取手が言う。
二人の足取りは重い。
「僕…」
何かを決心したような顔つきで取手が望月に言う。
はた。と望月は足を止めて取手の顔をじっと見る。
「望月のことが好きだ!今はまだ小さいけど大きくなったら僕のお嫁さんになってほしい」
望月は子供ながらに取手を傷つけることができなかった。
「大人になったらね?」
と曖昧な返事をすることでその場をしのごうとした。
「うん!約束!絶対に忘れないから!」
取手が笑顔になり家まで走り去りながら叫んでいた。
望月に残ったのは罪悪感であったが、『どうせすぐ忘れるだろう』という安易な考えも頭をよぎっていた。
取手が島を出てしまう最後の日、船で出る取手を望月は見送りに行く。
「これ…」
少し恥ずかしそうにしながらも堂々と取手はきれいな石を差し出した。
「結婚の約束として持っていてほしい。僕も同じきれいな石を持っているから。辛い時や寂しい時にこの石を見て思い出すから。だから…望月もこの石を見て思い出して欲しいんだ…」
もう片方の手にも同じようなきれいな石を持っていた。
望月は断り切れず、その石を受け取るしかなかった。
望月の頭には竹屋のことが多いのにも関わらず受け取ってしまった。
とうとう島にいる子供たちは望月一人だけになってしまった。
『はるちゃん…私…どうしたらいいんだろう?はるちゃんは私のこと好きでいてくれてる?毎年貝殻を置いてくれてるからきっと好きでいてくれてるよね?』
望月には不安な日々が続くことになった。
島に望月しか子供がいなくなってからというもの、望月にとっての楽しみは竹屋からの貝殻メッセージだけとなっていた。
そんな望月の長い小学生生活も終わりに近づいてきた。
今年の竹屋からの貝殻メッセージには、来年は貝殻メッセージが置けないかもしれないという内容が書かれていた。
中学に入学するし仕方ないと半分諦めながらも寂しい気持ちも当然あった。
島で幼馴染で仲良しだった、竹屋・望月・取手の3人は恐らく別々の中学に行くことになるであろうと、望月は予想していた。
事実、竹屋も取手もどこに引っ越したのかはわからないので、その可能性は高い。
結局3人が同じ中学校になることはなかった。
中学にあがった竹屋は陸上部に所属した。顔が良く幼い頃から田舎暮らしだった竹屋は他の子よりも運動神経が良かった。自然とモテるようになった。
小学校の頃からモテてはいたが、小学校のそれとははっきり違うのが竹屋自身でも分かった。
たくさんの告白をされるも望月のことを思い出しては断っていた。
中1の夏休み明けにクラスの中でも特に仲良しの布施柚香が話しかけてくる。
「ねぇたっくん。色んな人の告白を断ってるってホント?」
きょとんと小首を傾げる仕草がとても可愛い。
「あぁ本当だよ。俺には好きな子がいるから」
「それって前に言ってた幼馴染の子?」
竹屋はこくんと頷く。もう顔もほとんど覚えていないが望月の存在はしっかりと記憶にある。
「離れてから一度も会ってないんだっけ?」
手紙なんて送り合うような間柄でもなければ携帯も持っていない。連絡手段がないのだから会えなくても仕方ない。
竹屋が今住んでいる町と竹屋が生まれた島までは大人として見ればそこまで離れていない。船で30分程度で着いてしまう。
しかし竹屋たち子供にとっては簡単に会いに行ける距離ではなかった。
竹屋は小学校に上がってからも貝殻を約束の浜辺に並べに行っていたが、望月に会ったのは小学2年生が最後だった。
新しい女友達のことが気になりだしてしまった後ろめたさから、竹屋は望月に会おうとせず貝殻を置いたらすぐに帰るようになった。
『結婚しよう』
の約束はあの夜にした幼い頃の口約束だけだった。
「たっくんにとってその子が大切なのは分かるよ?」
布施がさらに続ける。
「でもたっくんは今のたっくんを楽しんだ方がいいんじゃないかな?」
布施の言うことは分かる。望月が中学に上がってしまったのだから中々会うことはできないことは知っている。それどころかどこの中学に行っててどうしているのかすら分からない。
「分かってるんだけどなかなかな」
「整理がつかない?」
竹屋の言葉の続きを奪うように布施が言う。さらに続ける。
「なら私が整理できるまで傍にいて支えるよ」
竹屋の両手を握ってくる。
手汗が出たのは残暑の気候のせいだけではないだろう。
「ね?」
また、小首を傾げてくる。
「それとも私じゃダメとか?」
ダメなわけがない。むしろ竹屋は布施のことを可愛いし性格もいい子だと思っていた。
戸惑う竹屋をよそに布施は、とりあえず…っと竹屋のケータイを勝手に取り出して自分の連絡先を入力した。
「とりあえずさ、付き合うとかそういうのはまだ考えないで深い友達関係ってことで!」
にこっと笑いながら布施は竹屋にケータイを返すと、自分の席へと戻っていった。
それからは特に何かがあるわけでもないのに、竹屋と布施は連絡を取り合っていた。時には何もなくても遊んだりするようになった。
布施は剣道部でお互い部活は違ったが、家が近いこともあってどちらかの部活が先に終わっても必ず待って一緒に帰るようになった。
特にどちらかが告白をしたわけではないのに2人は付き合っているという話が学校では話題になった。
こうして竹屋は島での生活とは違う新しい生活をスタートさせ、少しずつ望月のことも忘れていき、中3の冬に竹屋は布施に告白をして正式に交際がスタートした。
竹屋は中学に上がってから一度も貝殻を置きには行っていない。そして、遠い昔話だったかのように、望月との約束も忘れ望月の存在も竹屋の中から消えていった。
今がとても幸せでその幸せが過去のことを忘れさせているのだった。
同じように取手も彼女ができ、部活に彼女に勉強と忙しい日々を過ごしていく内に、望月の存在を忘れてしまった。
いや正確には忘れてしまったというよりも、今の目の前の生活が楽しかったり充実していたり、精一杯生きている内に、昔の子供の頃の口約束よりも今生きている現実に目を向けるようになったのである。
しかし望月だけは違っていた。竹屋のことを想い、たくさんの告白も断り健気に竹屋との約束を守っていた。
ただ1つだけ、最初の頃は覚えていた取手との約束も竹屋のことを想う気持ちに潰されるように消えていってしまった。
望月の中にあるのはもはや竹屋との約束のみであった。
少しずつ、割れた貝殻が違う方向へと流されて行き、ハート柄はハートの欠片となっていった。

