澄み切った水ときれいな山が象徴的なミント村。
トラガス少年とリンゴ少女は幼なじみであり、互いに意識し合っていた仲だった。
同じ年頃の子供たちが村にはいないからというのも理由の1つだろうが、村人たちはトラガスとリンゴを暖かい眼差しで見守っていた。
家々には風車が回り、自然豊かな村であることを伺わせる。
言い換えれば平和ボケした村。
村人たちは世界が今、どんな状況なのかを知っている人は少ない。
まさか村にまで国王の手先の者がやって来るとは誰も思っていなかっただろう……
「リンゴを返せ!」
トラガスの声が響き渡る。
「うるせぇ!」
男の怒鳴り声の後に鈍い音が響く。
トラガスが殴られたのだ。
「トラガス!」
黄色い声を出したのはリンゴ。
縄で縛られ、大人の男たちに連れ去られようとしているが、それでも自分のことよりもトラガスのことを心配するのは何とも彼女らしい。
よく見れば、リンゴを連れ去ろうとしている者が人間らしからぬ恰好をしている者が多いのに気づく。
人間よりも半分の大きさのピグミー、逆に人間の倍の大きさのギガント、全身が毛で覆われて角が生えているアニマ。
この世界に生息している人間、ヒューマ以外の種族たちだ。
「この村はヒューマしかいねぇのか」
アニマの男が地面に唾を吐く。
「やめろティラノ。俺もヒューマだぞ」
ヒューマの男がアニマの男を睨むと、ティラノと呼ばれた男は小さく舌打ちをしたが、それ以上は何も言わなかった。
その様子を見たヒューマの男は、フッと笑みを浮かべてリンゴを縛っている縄をギガントの部下数人に持たせた。
「さっさと運べデカブツ」
「アウカ。てめぇだってデカブツって呼んでんじゃねーか」
怒りながらティラノがヒューマの男に言うと、アウカと呼ばれたヒューマの男が一瞬にしてティラノの傍までやって来た。
「ティラノ。俺は貴様のことをケダモノ呼ばわりしたことはないだろ? 俺は力のない者を差別する。貴様のように種族での差別はしない」
ティラノの首に手を回して、そうだろ? と最後に付け加えた。
「俺様に気安く触んな!」
その腕を外してティラノのがキレる。
「おいおいおい~。そんな言い方すんなよ~?」
ニヤニヤしながらアウカが右手の平を上に向けて軽く上に上げる。
まるでお茶碗か何かを持っているかのように、そっと手のひらを包みながら。
――ヒュオオオオ。
よく見ると手のひらに何やら風が集まっているように見えた。
「アウカ! てめぇ!」
そう言って持ち上げたティラノの左手は、不思議なことに大きな岩で覆われていた。
「こんにゃろ!」
その時、先ほど殴り飛ばされたトラガスがアウカに食って掛かろうとした。
「やめとけ!」
村人の1人がトラガスを止める。
「あのヒューマはアウカってゆー有名な国王軍だ。たしか五大牙の1人だったはず。風を操る怪しい術を使うと聞いたことがある。そんでもってあのアニマも同じ五大牙の1人のティラノ。全身を岩で覆う怪しい術を使うと聞いたことがあったがどうやら本当のようだな」
とにかく、逆らっても勝ち目はない。
と言って無理やりトラガスを止めた。
「怪しい術ねぇ……」
ティラノの方に敵意を向けていたアウカの意識がトラガスへ向いた。
「何にも知らない田舎者どもが……ティラノ。俺が力のない者だけを差別しているというのをこのヒヨワで見せてやる」
ヒヨワ。と呼んでトラガスをアウカが見る。
アウカが手のひらに溜めているであろう、目に見えない風の塊を持ったままトラガスの方へと歩く。
「ヒューマなんて皆殺しにしちまえ!」
それを見たティラノがガハハと笑いながら言う。
「俺はなぁ……」
そう言いながらアウカがトラガスに近づく。
「力もないのにいきがる奴とか口だけの奴が大っ嫌いなんだよ」
そう言って手をトラガスの目の前に差し出し、そっと手のひらを開いた。
まるで、今まで持っていた風の塊を解放するかのように。
その瞬間、大きな轟音と共にトラガスは吹っ飛ばされていた。
巨大な風船が割れて、その風圧で飛ばされたかとトラガスは感じた。
しかし今度はトラガスもやられっぱなしじゃない。
吹っ飛ばされてもすぐに起き上がり、アウカに一発かましてやろうと走り出した。
その様子を見ていたアウカが、風を解放したらしい手の親指以外の指をクン。と上に持ち上げた。
それだけで、アウカとトラガスの間に下から上へと風が吹き、巨大な壁となってトラガスを阻んだ。
「リンゴを返せ!」
風の壁の向こう側からそう言うが、正にアウカが先ほど言った通りこれでは口だけだ。
「殺すか」
そう呟き、先ほどの風の塊を再び片手に作ろうとしてアウカは気づいた。
トラガスの目が絶望していないことに。
『ほう? 諦めないか……面白い……』
トラガスの何かを見抜いたアウカはくるりと背を向け、トラガスにとどめを刺すのを止めた。
「? 殺さねーのか?」
ティラノが残念そうに言う。
ティラノはアニマ以外の種族が死ぬ姿を見るのが大好物なのだ。
「国王からの命令だ。それにもう時間がない。次の期限までにヒューマの女をたくさん集める必要がある」
ティラノにそう答え、部下たちに行くぞ。と命令する。
「返せって言ってるだろー!」
その瞬間、トラガスが風の壁を突き破ってアウカに殴りかかる。
「おぉ!」
ティラノはいつも涼しそうな顔をしているアウカが殴られるかもしれないと、期待の声をあげる。
「俺に逆らうなら」
しかしティラノの期待は一瞬にして裏切られる。
強力な追い風を生み出してトラガスのスピードを殺したアウカは、容易にアウカのパンチを捉える。
「それなりの実力をつけてからにしろ」
トラガスのパンチを掴んでいない方の手をアウカの顔面にかざし、暴風を発生させてトラガスを風の壁の向こう側に再び吹き飛ばした。
何事もなかったかのようにアウカは歩き出し、ミント村を後にした。
「てめぇ面白れぇーじゃん。あの野郎をやりたいなら協力するぜ?」
ティラノもトラガスにそう言い残して村を去って行った。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉー!」
悔しさと悲しみの入り混じったトラガスの叫びが村中に響き渡った。
『ちくしょう……悔しい……五大牙め……俺にあいつらに立ち向かうだけの力があれば……力が欲しい!』
そう願った瞬間、トラガスの体が眩い光に包まれ、トラガスに何かしらの力が目覚めた。
「見つけたよ」
ちょうどその時、ミント村からわずか離れた場所でピグミーの少女がギガントの男に言った。
ピグミーとギガントの2人組がミント村に現れるのはこの翌日のことだった――


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