「!」
ジンバックとカシスウーロンが死んだことにすぐにレッドアイが気が付いた。
「ジンフィズが早く戻らないと…」
レッドアイの呟きは、隣にいるジントニックには聞こえなかった。
ジントニックはマティーニの暴走に冷や冷やしていた。
マティーニは今、勇者に訳の分からない注射を打っていた。
「イヒヒ。これでダーリンもウチのことをもっと好きになってくれるわ。」
ウフフと気味の悪い笑みを浮かべている。
「あれで愛情表現なんて…かなり歪んでいるわ…」
ジントニックの呟きもまた、レッドアイには聞こえなかった。
「マルガリータと連絡が取れた。最悪マティーニを抑えてくれるだろう。」
シャンディガフが言う。
「<植物>の力ならマティーニを抑えられるかもしれないわね。ジンフィズだけで何とかなればいいんだけど…」
ジントニックが指の爪を噛む。
「マティーニはどうだ?」
ジンフィズがやっと来た。
開口一番に訊いたジンフィズは、誰の返事を待つまでもなくマティーニの元へ向かう。
「マティーニ。勇者を殺す。こちらに渡せ。」
「邪魔しないで<豪雪>!」
マティーニの目がギラギラしている。
「邪魔するなら<豪雪>から消すよ?」
「!マティーニ、君勇者に何打った?もう精神が元に戻ることはない。こんなの生きている内に入らんだろう。」
マティーニの横を滑って太郎の顔を見たジンフィズが驚く。
「触らないで!」
マティーニが殴るのをジンフィズが避けて、太郎をレッドアイの元に連れていく。
「勇者を頼む。確実に殺してくれ。マティーニは俺が止めよう。」
ジンフィズがマティーニと向き合う。
「ウチのダーリンに触るなぁー!」
マティーニがくまのぬいぐるみとドール人形と日本人形を出した。
3体は見る見る大きくなっていく。
「ダーリンを取り返せ!」
マティーニが命令すると、人形たちがレッドアイの元へ向かった。
「レッドアイ!逃げろ。シャンディガフ、ジントニック!人形を止めろ!マティーニは俺が止める。」
「止める?<豪雪>。君ウチの強さを忘れたの?」
マティーニの目がギラついた。
●
やれやれと首を振るジンフィズに向かってマティーニが走り出す。
「殺してあげるわ<豪雪>!」
目をギラつかせてマティーニが叫ぶと、大量のドール人形が上空から降ってきた。
「相変わらず滅茶苦茶な力だな。」
降ってくるドール人形を片っ端から破壊しつつジンフィズが呟く。
「相変わらずあの2人の戦いは異常ね。」
<儀式>の力の準備をしながらソルティドッグが呟く。
ソルティドッグの隣では、シャンディガフとジントニックが3体の人形を食い止め、その先を遠くに逃げるようにレッドアイが走っている。
レッドアイの手には太郎がいた。
「イヒ。死んで償いなさい!」
マティーニが笑った。
「まずい!全員退避しろ!レッドアイ!勇者を離せ!」
ジンフィズが忠告した瞬間、全ての人形が爆発した。
その衝撃で洞窟が崩れた。
「きゃっ。」
「うおっ。」
それぞれが違う驚き方をした。
「くっ!」
全員が洞窟のがれきに押しつぶされると感じたレッドアイは能力を解除する。
レッドアイの力で作り出されていた洞窟は、一瞬にして消えた。
目の前には、ダリアが息を切らして立っている。更に追いついたダリアの仲間たち。レッドアイとダリアの間に横たわるように太郎が居る。
後ろでは、我を忘れたマティーニがまだ暴走している。
「離しなさい<豪雪>!ウチのダーリンなの!」
何とかジンフィズがマティーニを取り押さえたようだ。
「タロー?」
見るも無残な姿になった太郎に向けてダリアが呟いた。
●
ダリアの目から涙が零れ落ちた。
さっきまで怒りに満ちていたダリアの感情が一気に冷める。
「誰がやったのだ?」
「嘘でしょ…勇者なの?手も足も切られてる…目ももう見えないんじゃないの?」
チラコンチネが絶句する。
後ろでは、ワチワヌイが吐き気を催していた。
「ひどすぎます…ここまでするなんて、どれ程恨みがあったのですか?」
「恨み?何言ってるの?ダーリンへの愛情よ!はっ!あんたらには分からないでしょ?ウチとダーリンの問題なんだから邪魔しないでよ!」
パラナの言葉にマティーニが噛みつく。
「あの…勇者はマティーニの薬物によって精神障害も起こしていると思う…私らが言うのも変だけど、今の私らには戦えるだけの力がない。勇者は返すから私らのことを今は見逃して欲しい。」
ジントニックが申し訳なさそうに言う。
「いや、アタイらはどうせあんたらを倒すつもりだから今戦ってもいいんだけど?」
チラコンチネが言うと、タイニーがそれを否定した。
「今戦えば勇者様にも被害が及びますわ。ここは痛み分けということで提案を受け入れるべきですわ。
むぅ。と言いながらもチラコンチネはこれ以上何も言わなかった。
「はっ!ふざけるな!ダーリンは誰にも渡さない!」
ジンフィズの拘束を振りほどいて、マティーニが太郎の元へ走る。
「!」
瞬間、マティーニは後ろに吹き飛ばされた。
「ふざけるなはこっちのセリフなのだ!タローをここまでにしたのはお前なのだろ?タローのことが好きなら、自分のことばかり考えるんじゃなくて、もっとタローのことを考えてやれ!ダリアはタローを傷つけるような愛情表現は絶対に認めないのだ!」
肩で息をしながらダリアがマティーニに説教をするが、マティーニはもう目を回している。
「すまない…我々はここで退かせていただく。こんなこをしておいて何だが、勇者が生きられて精神が戻ったなら、もう我々に逆らうようなことはしないで安静で安泰な生活を送るがいい。」
最後にジンフィズがそう言い残して、<神の軍勢>は還って行った。
●
「タローの面倒はダリアが看るのだ。」
ダリア達一行は、全員が満身創痍。<神の軍勢>が引いた後もそこから動けず、とりあえず住人がいなくなった<みかん町>で休養することにした。
問題は誰が太郎の面倒を看るかだった。
全員が重傷であり、動けない者もいるが太郎をそのままにはしておけない。
幸いにも、パラナの魔法で手足も視力も元に戻ることが分かった。
しかし、薬品を打たれて病んだ精神に関しては、今気絶している太郎が気が付いてからでないと判断のしようがないようだ。
その間の看病を名乗り出たのがダリアだった。
「絶対にダリアが面倒を看るのだ!」
有無を言わさぬ言い方だった。
「分かりましたダリア様。その代わり覚えておいてください。私の魔法で勇者様の両手足と視力が戻る確率は半分です。これは魔法というよりも儀式に近い方法です。まずは私達の体力と傷を回復させ、その後必要な素材を集めます。ダリア様もまずはご自身の体を休めてください。」
パラナが頭を下げると、ダリアもようやく冷静になれたようだ。
後から分かったことだが、ダリアは自分でも気が付かない内にジンバックとカシスウーロンを倒していたようだ。
「それにしてもパンチ一発で<神の軍勢>を倒すなんてどうなってんの?」
チラコンチネが笑いながら言う。
笑うと傷が痛むようで、いててと言いながらだ。
「ですが、勇者様が元に戻るかは賭けというわけなんですね?」
ベッドに横になったままワチワヌイがパラナに問う。
パラナは、はい。と頷いた。
「私達も強くなって、勇者様とダリア様の足手まといにならないようにする必要がありますね。」
「返答。敵情報をアップデート。バージョンアップのため部品回収が必要。」
ワチワヌイが、強くなる必要があると言うと、1は部品があれば強くなれると言った。
「あんたハ平気でもこっちは無理ダ。」
ヘリックスが鼻をフンと鳴らす。
全身機械なら、パーツを取り換えれば強くなれるだろうけど、他の種族ではそうもいかない。
ひとまずは全員が休息することになった。
●
「ジンバックとカシスウーロンは残念でしたが、その代わり勇者が逆らうことはなくなったわけですね?」
ジンフィズ達の報告を受けてゼウスが言う。
マティーニもようやく大人しくなったようだ。
「間違いありません。両手足を失い、視力も失っています。我々に逆らう気力すらないでしょう。残りの異種族どもは取るに足らない雑魚ですし、問題は魔王とその娘かと。」
ジンフィズが頭を下げながら言う。
「確かに、もはや勇者サイドに抵抗する力はないでしょう。これより魔王ブッドレアを倒すことを最優先としましょう。」
ゼウスが<神の軍勢>に宣言する。
<神の軍勢> は、ブッドレアを倒す方法を模索し始めた。
●
「これは?」
「違う。」
「これは!?」
「違う!」
「これは??」
「違うー。あのねぇダリア!いい加減薬草の種類くらい覚えてよ!」
チラコンチネがダリアに怒る。
ダリアはぷい。とそっぽ向いた。
「知らないのだ。ダリアはタローの怪我によさそうな草を選んでるだけなのだ。」
「適当じゃ意味ないでしょ。」
太郎を回復させるために、ダリア達はパラナが指示する薬草などを集めていた。
切り傷などは良くなったが、切り落とされた両手足はまだ復活していない。
もっと悪い事もあった。
「タロー。あのままなのか?」
ポツリとダリアが言う。
誰に向けた言葉でもないが、近くにはチラコンチネしかおらず、チラコンチネが元気づけるように応えた。
「平気だよ。一時的なものかもしれないって言ってただろ?パラナとタイニーが全力で治し方を探してくれてる。さ。とりあえず戻ろ?」
手を差し出してダリアを立たせると、2人して太郎の元へと歩き出した。
「あぁぁぁぁーぎぎぎぎぎぎぎぃー!」
しばらく歩くと、2人の耳に太郎の声が聞こえてきた。
「タロー。」
再びポツリとダリアが呟く。
チラコンチネは今度は何も言わずに、ダリアの手を強く握りしめた。
「お目覚めですか?勇者様。気分はどうですか?」
パラナが話しかける声も聞こえる。
「うあぁぁぁー!がぁ!」
再び太郎の声。
「お二人共。ちょうど勇者様が気づきましたけど…」
ダリアとチラコンチネに気づいたパラナがこちらを向いてちょっと微笑んだ後、視線を落とした。
「やっぱまだダメか。」
チラコンチネの言葉にパラナは、はい。と暗い声を出した。
太郎は精神を病んでしまい、人としての言葉も行動も思考も失ってしまった。
気がつくと、自分自身を傷つけ、近くにいる人を傷つけるため、仕方なしに1が作り出した拘束具を取り付けている。
「今日はもう5本安定剤を打っているので、これ以上はもう打てません。」
パラナが言うように、1日5本まで精神安定剤を打てるが、それで大人しくなるのは短時間だった。
後は寝るのを待つだけだった。
「タロー?まだダリアは分からないか?」
いつものように、ダリアが真摯に声をかけるが、返ってくるのは獣のような唸り声ばかり。
こんなことが半月続いていた。
看病する側の精神的ダメージも相当のものだった。
他の者もダリアもそろそろ限界だった。
「タロー…ごめんな…タロー…大好きなのだ…」
ダリアは決意する。
太郎を看病して半月。
メンバーの傷は癒え、それぞれ組み手や魔法の撃ち合いなどをして戦力を上げた。
そろそろ<神の軍勢>を倒しに行かなければならないと、考えていた。
「近いうちにあいつらを倒しに行ってくるのだ。タローのことは心配だけど、いつまでもこのままというわけにもいかないことはダリアがよく分かっているのだ。タローもそんなことは望んでない。さっさと倒してすぐに戻ってくる。だからそれまでは<エルフの森>で看病されていて欲しいのだ。ダリアはタローの傍を1秒も離れたくないけど、あいつらだけは許せないのだ。分かって欲しい。ごめんなタロー。大好きだよ。」
そう優しく声をかけたダリアは太郎に、キスをした。
今までは、ハグですら太郎が嫌がり抵抗し攻撃してくるのでしなかったのだが、今回は太郎が最後まで話を聞いていたことと、流れでしたのだ。
が、太郎は何故か抵抗しなかった。
太郎が抵抗しなかった理由、そして話を奇声を上げずに最後まで聞いてくれたことは、今までの看病で少しずつ回復に向かっているからなのかもしれない。
他のメンバーは、ダリアが太郎にキスをしていることに気が付いて、見ないフリをした。
『へぇ。勇者がキスまでさせるようになったか。こりゃ回復までもう少しか?』
チラコンチネは心の中で、ヒュウと口笛を吹いた。
「ちょっといいか。」
気がつくとダリアはメンバーの近くに来ていた。
「パラナのおかげで、タローの手足の再生はあと1週間くらいらしいのだ。だから、タローの意志が戻らなくても手足が再生したら、ダリアは<神の軍勢>を倒しに行くのだ。タローは<エルフの森>で面倒を看てもらうのだ。」
パラナをダリアが見ると、パラナは黙って頷いた。
誰も異論はなかった。
既に何度も話し合ったことだ。
1週間で太郎の精神が戻る見込みは限りなく0に近いだろう。
「あと、ダリアは今日からタローと一緒に寝る!」
謎の宣言だった。
「はぁ?」
思わず声を上げたのはチラコンチネだ。
「攻撃されても知らないよ?」
「平気なのだ。それにタローはダリアには攻撃しないのだ。」
『どの口が言ってんだよ。真っ先に攻撃されたくせに。』
太郎が気が付いて真っ先に抱き着こうとして、攻撃されたのがダリアだった。
それでも、ダリアの有無を言わさぬ言い方に、誰もが頷くしかなかった。
「あれだね。勇者の精神が戻ったら戻ったで、ダリアのわがままに付き合わなきゃいけないから大変だね。」
にやっとチラコンチネが笑いながら言った。
