あっちの世界とこっちの世界が繋がったことがガブリーには、はっきりと自覚できた。
その瞬間、ガブリーにかかっていた負荷が一気に解除された。
自分に向かって落ちてきている空気のギロチンをいとも簡単に、突風で吹き返す。
ガブリーは、著しく体力が消耗された状態で、ミカーと戦っていたのだ。
「……そうですか。あくまでも抵抗すると言うのですね?」
ガブリーが本調子に戻ったことを察したミカーも、それに全力で応えようとする。
「ワタクシは命を弄ぶつもりはないし神人種になるつもりもない。ましてや神なんて興味すらない。ただ研究がしたいだけ。あの人類種が言っていたよ。この世界は広いのに狭いと」
ガブリーが今度はミカーに向かって自分の羽を飛ばす。
「広いのに狭い?」
訝しむミカーは、その羽を打ち落とすことはせずに躱す。
打ち落とすことで、羽に何か隠されている可能性を考慮したのだ。
「羽に毒が塗ってあるとでも思った?」
クスリと笑ったガブリーは、そのまま羽を操ってミカーを追跡する。
同時に、ミカーの上空から突風を発生させた。
上から下へ向かう風にミカーは抗いながら、自分を突き刺そうとする羽から逃げる。
「誰も見たことのない景色が無限に広がっているというのに、その場にとどまってその場所を死守しようしているクソどもだって」
ミカーが逃げる前方に、巨大な岩を地面から発生させてミカーの進路をガブリーは塞いだ。
「……誰も見たことない場所には何があるか分かりません。当然のこと。だから他種族を奴隷にして新天地を求める種族がでてくるのではないですか。我らが創造主、神人種はそれをなくそうとしておられる!」
怒りが込みあがったミカーは目の前の岩に、空中に巨大な拳を発生させて大穴を開けた。
「ジャイアントハンド……そんな魔法まで使えるようになったんだね。思考停止野郎のくせに魔法の研究だけはしているんだ?」
ガブリーの周囲が青く光る。
『周囲が青く?』
「神人種がそれをなくそうとしているだって? それは争いを無くそうとしているんじゃなくて全ての種族を管理しようとしているだけだろ?」
ガブリーの周囲の青はどんどん濃くなり、広がっていく。
『あの青に触れたら危険? それとも増やしたら危険? ガブリーめ……いつも私よりも上の研究をして……何があっちの世界とこっちの世界よ……そんな発想神人種ですらなかったわ……』
「さぁ思考停止野郎。ワタクシがどんな魔法を使うか想像できるかしら? これはアナタが作品と呼んだあの人類種から発想を得たの。無限に広がる世界を求めるあの姿のように、無限に魔法が広がるんだ。すごいだろ?」
「無限に魔法が広がるですって? 冗談じゃない! そんなのさせるか!」
素早くミカーがガブリーの懐へ入り込もうとしうたが、遅かった。
ガブリーは、大洪水を発生させ、ミカーや周囲の岩、木を全て流した。
ミカーは濁流にのまれ、そのまま遠くへと流れて行った。
「流石にこれで命を落とすことはないでしょうけど、もうワタクシの目の前に現れることはしないことね。神人種に管理される世界……確かにキミが言うようにそんな世界はクソみたいな世界だね……」
●
棘だれけの蔓に捕まっていたはずの敵が、何故か自由に動いていた。
大きな声で、敵のことを呼んだカーズローと敵のことを確実に捉えたと思っていた男エルフは目を丸くした。
「何てことはない」
パンパンとズボンを払って、付着していた植物を落としながら敵が続ける。
「所詮は植物。切れないことはない」
少し痛いがな。と言って、腕にできた切り傷を舐めていた。
「……正気ですか? 魔法でできた植物ですよ? 毒が塗ってあるかもしれないんですよ?」
慌ててカーズローが駆け寄って、毒されているかどうか確認するが、カーズローには魔法の知識も毒の知識も無い。
こういうのは、ガブリーの専門だ。
「その人類種の言う通りですよ? 魔法に対して我が身を晒すことは命知らずな者が行うことだと以前に教えたはずですが?」
森の奥から声がした。
その瞬間、男エルフが跪いた。
敵意がなくなり、魔力を持たないカーズローにすら、魔法での攻撃はもうされないと分かった。
「ミア様!」
男エルフが近寄り、周囲の草を避けて通れるようにした。
「お久しぶりです。敵様」
ミアと呼ばれた女エルフが、くるぶしまであるワンピースを軽くつまんで、裾を持ち上げて会釈する。
「う。美しい」
思わずカーズローの口から声が漏れるほどに、ミアは美しかった。
しかし敵だけはうんざりした様子だ。
「貴様! 何だその態度は!」
そんな敵の様子に男エルフが怒るが、ミアがそれを沈めた。
「下がっていなさい」
「何者ですかあの美しいエルフは」
カーズローが隣の敵に問うが、その目はミアに釘付けだ。
「エルフ族の長にして、俺に毎回求婚してくるしつこいやつだ」
敵が殊更大きくうんざりした様子を見せる。
「エルフ族の宝に何て言いぐさだ!」
男エルフが我慢ならぬ。と敵に襲い掛かるのをミアが魔法で止めた。
その魔法の速さ、正確さ、強力さはガブリーに匹敵する。
「我々エルフ族は、敵様に全面的に協力すると申したはずです。さぁ敵様、こちらへ」
ミアが手を差し伸べるが敵がそれを拒否する。
「いい。俺たちはここを通りたいだけだ」
「分かっています。セチアを北に抜けてシクラへと進みたいんですよね? そうすれば、カーネーからシクラまでの道が出来上がるのですよね?」
「さすがはエルフ族……そこまで我々の同行がお見通しとは……」
カーズローが戦慄するが、敵は首を横に振る。
「その通りだが、また見ていたな?」
「夫の同行を知るのは良い妻の務めです」
ない胸を偉そうにミアは張る。
「見ていた? 我々は監視されていたのですか?」
カーズローが驚愕する。
何か得体の知れない魔法で、ずっと監視されていたのかと思うとぞっとせずにはいられない。
「私が見ていたのは敵様だけです」
「それならいいか」
ほぅ。とカーズローが胸をなでおろす。
「おい。俺のプライバシーは無視か?」
一応、敵がつっこむがそんなのお構いなしにミアが続ける。
「セチアで自由に行き来するためには、このリングを指にはめておく必要があります。さぁ敵様。左手の薬指にこれをおはめください」
金色に輝く指輪をミアが寄こすのを、敵はカーズローに受け取らせた。
「カーズロー。はめておけ」
「「え?」」
ミアとカーズローが同時に声を出す。
「わ。分かりました。敵殿が言うのであれば、自分がこれをつけておきます。いいんですか? 敵殿ではなく、自分がセチアを自由に行き来できるだけになってしまいますが」
「そ。そうですわ。敵様がつけるべきです」
カーズローの言葉に、慌ててミアも同意する。
何が何でも敵に付けて欲しいような雰囲気だ。
「誰がつけても同じだろう」
「そ……それならば、そのように話しを通しておきます」
ふっと。カーズローの手から指輪が消えた。
「?」
カーズローが不思議そうに、自分の手の中を見る。
「それでは、セチアで少しお休みになってはいかがですか? これで敵様が望む街道が出来上がったのですから」
ミアが森の奥へと2人を誘う。
カーズローは怪しむように敵を見た。
進んでいいのか確認しているのだろう。
「安心しろ。罠などない」
男エルフがスタスタと先へ進むが、そう簡単に他種族を信じられるわけがなかった。
しかし敵は気にせずに男エルフの後について行った。
大胆というべきなのか、無計画と言うべきなのか。
カーズローは、敵のこういう不思議な魅力にひかれて仲間になったのだった。
敵の後に続きながらカーズローは、敵との出会いを思い出していた。
