少女勇者とラッカーが村を出発してから数日が経ったある日、2人はようやく冒険らしい冒険の出来事に遭遇していた。
これまでは何事も起こらずに、不謹慎ながら2人は冒険に飽きを感じていた。
遭遇した出来事はモンスターとのエンカウント。
「これこそ冒険っすよね!」
ラッカーがウキウキする。
『なるほど。これが野に下ったモンスターか』
少女勇者がそう考えるのも当たり前だ。
ラッカーが前に言っていた内容によれば、勇者と魔王との壮絶な戦いが終わった後、人民解放軍が組織された。それから魔王軍の残党狩りが始まり、当初は魔王軍としてモンスターたちも戦っていたのだが、魔王がいつまで経っても復活する兆候がないと、かつての魔王城をモンスターたちは放棄し始めた。
こうして野に下った野生のモンスターが世界中に増え始めたのだった。
「魔王に忠誠を誓うわけじゃないモンスターだっけ? 恨みはないけどモンスターは倒させてもらうよ」
少女勇者が剣を構える。
本来ならオートアタックが発動して戦闘終了になるはずだが、今の少女勇者にはそのスキルが発動させられない。
『ラッカーと協力して倒すしかないか』
2人の目の前のモンスターはぷよぷよしたゼリー状のような液体のようなあのお馴染みのモンスター、スライムが2匹いた。
スライムは2匹とも目を丸くしているところを見ると、驚き戸惑っているのだろう。
「ゆ、勇者が復活したぞー!」
片方のスライムが叫びながら逃げ出すと、残された方のスライムも、
「復活したぞー!」
と繰り返して先に逃げたスライムを追いかけた。
「ス……スライムって話せるの?」
唖然として少女勇者がラッカーに問いかける。
「勇者殿何にも覚えてないんすか? スライムだけじゃなくてモンスターは全部喋れるっすよ? 喋れないのは家畜くらいじゃないっすかね」
さも当然のようにラッカーは話すが、少女勇者には記憶がない。
モンスターというネーミングから言葉は通じないものだろうと、勝手に想像していたのだ。
「ど、どうするの? 追いかける? それとも放っておく?」
そうなんだ。と納得してから落ち着いている場合ではないとばかりに少女勇者が言う。
「え? いや。いいんじゃないっすか? 勇者殿が復活したことが知られればモンスターも出て来なくなるかもしれないじゃないっすか」
なんだか能天気な返事だが、きっとその考えは正しいのだろう。
かつて魔王と互角に戦った勇者。その勇者が復活したとなれば野に下ったモンスターは気が気じゃないだろう。
ラッカーの言葉に、そんなもんか。と納得して少女勇者は先へと進もうとした。
「助けてー!」
今度は人間の叫び声だと分かる。
「今の!」
ラッカーも気づいたようで、少女勇者に言う。
「モンスターに襲われてるのかも」
そう言い残して少女勇者が走り出す。
一拍遅れてラッカーも駆け出した。
「勇者殿ー! 戦闘は俺が行くっすよー!」
●
少女勇者とラッカーがたどり着いた時には、間一髪だった。
そこは街道沿いの湧水が湧く場所だった。
近くには草木が生え、小動物なんかもいてとても自然豊かに見える。
一言で言えば平和そう。そんな場所にもモンスターがいた。
湧水から濃い目の水色の長い何かが飛び出している。
「あ、あれは。水色の牛っす!」
「水色の牛?」
恐らくモンスターの名前であろう単語を少女勇者が繰り返す。
「水の中に獲物を引きずり込んで食べる牛の形をしたモンスターっす」
ラッカーの説明通り、水色の長い何かは指のようだ。
その指が、先ほど叫んだであろう女性を捕まえている。
「助けるよ!」
そう言って少女勇者が走り出す。
手に握った剣を振り上げる。
そのまま長い指に向かって剣を振り下ろす。
しかし――
女性を捕まえているのが指であるなら、逆の手でガードされることも当然ある。
少女勇者はそこまで考えが回らなかった。
反対の手でガードどころか反撃をされそうになり――
ガキンッ!
金属と金属がぶつかるような音がした。
「あ、ありがとう……」
少女勇者の目の前で水色の牛の長い指が止まっている。
止めたのはラッカーが掲げる盾だ。
「俺は騎士っすからね」
そのままの勢いで少女勇者は剣を振り下ろす。
ガキンッ!
今度は少女勇者の剣が止まった。
先ほどラッカーが盾で防いだが水色の牛の指はかなりの硬度を誇る。
余程の剣の達人でなければ切ることができない。
かつての少女勇者ならば切れていたかもしれないが、今は剣の達人ではない。
切ることはできず、そのまま剣が指で止まってしまったのだ。
「なにこいつの指……とっても硬いんだけど……」
精一杯力を込めて剣を押し込みながら少女勇者が苦しそうに言う。
それでも剣は一切動かなかった。
「そのまま指を抑えててください!」
盾で水色の牛の指を弾き飛ばしてラッカーが駆け寄ると、強引に長い指を女性から引き剥がす。
「あああああ、ありがとうございます」
「下がってて!」
捕まっていた女性がお礼を言うが、構っている暇はない。
短く少女勇者はそう言うと、ラッカーが無理やりこじ開けた指の中、つまり手のひらを切った。
手のひらは指と比べると比較的柔らかかった。
「ここなら切れる!」
「じゃあそこを狙っていきましょう!」
しかしそう簡単にはいかなかった。
●
自慢の硬い体にたとえかすり傷だとしても攻撃をされたからなのか、はたまた獲物を逃がしたからなのか、水色の牛が湧き水の中から姿を現した。
「で、でけぇっす」
水色の牛が想像以上に大きかったためにラッカーが絶句する。
「ご飯を横取りされたようなもんだから当然怒ってるよね……」
少女勇者も苦笑いする。
水色の牛の目は明らかに怒りに満ちていた。
後ろ足で地面をなんどか掻いている。
「まずいっす!」
慌ててラッカーが少女勇者と助けた女性を横に移動させる。
3人はそのまま地面に倒れる。
つい先ほどまで3人が居た場所を、水色の牛が猛スピードで突進した。
頭についた長い角で3人を突き刺そうとしたのだ。
「あ……危なかったぁー」
「こいつ、4足歩行する時はめっちゃ速いって聞いたことあったっすけど本当だったみたいっすね。獲物を捕らえる時だけ2本足で立つらしいんすよ」
少女勇者が安堵の息を吐く隣でラッカーがモンスターのうんちくを語る。
「便利な情報をありがとう! で、こいつの弱点は?」
「知らないっす」
「は?」
予想外の言葉に少女勇者の口が悪くなる。
「こいつについて詳しいんじゃなかったの?」
少女勇者が立ち上がりながら怒る。
「詳しくないっすよ。本で読んだだけっすよ。モンスター豆知識って本が家にあったんす」
その言葉を聞いて、がっくりと少女勇者は項垂れてしまった。
「あ、あの」
助けた女性が気まずそうに声をかけてくる。
「何?」
ラッカーのせいでぶっきらぼうに少女勇者が返事をする。
「私も一緒に戦ってもいいでしょうか?」
予想外の言葉に、少女勇者もラッカーも言葉を失った。
少しの間が空く。
「「戦えるの?」」
少女勇者とラッカーが同時に叫んだ。
「え、えぇ。一応。薬師なので。」
2人に迫られて戸惑いながら女性が頷く。
「薬師がなんだかよく分からないけど、よーし一緒に戦うよ!」
少女勇者が宣言し、3人は水色の牛に再び向き合った。

