パクチーの爪がラクサに迫る時、背後から声がした。
「いつまで時間をかけているのですか?」
パクチーにとってもラクサにとっても大きな誤算だろう。
なんとケルベロス部隊のシーナルが現れたのだ。
驚き戸惑ったパクチーの攻撃は止まり、パクチー以上にラクサは驚いていた。
「なんでお前がここに!」
「なんで? ここらの前線が押されていると聞いてわざわざケルベロス部隊の私が駆け付けたのではないですか」
やれやれと首を横に振る。
その手にはソーサーとカップがあった。
「ケルベロス部隊か……解放軍最強と評されていてサレと同じ部隊のシーナルか」
短く舌打ちをしてパクチーがシーナルに向かって走り出す。
「やれやれ……サレなんかと一緒にしないでほしいですね」
そう言ってシーナルは優雅にカップに入っている紅茶を一口飲んだ。
「呑気に茶なんて飲んでんじゃねぇ!」
爪を伸ばして引っかこうとする。
「やれやれ……お茶の時間は終わりですか……偉才、少し落ち着きませんか?」
カチャン。とカップをソーサーに置いて石ころを拾ってからシーナルは偉才を発動した。
瞬間、石ころの形が変化し鋭く細長い形になりパクチーの方へとどんどん伸びて行った・
「!」
間一髪、鋭く自分の方へと伸びる石ころを避けたがシーナルへの速攻はできなくなってしまった。
「触れた物の形状を変化させる力か……」
パクチーが呟く。
「貴方は私に惚れてしまった勇者のお仲間ですね?」
そう言いながらシーナルは前回同様に手鏡で自分の顔を見ている。
髪型を丁寧に直しながら、ここがもっとこうなどとブツブツ文句を言っている。
「それがどうした?」
パクチーは、惚れたなんだは関係なく今目の前の敵をどう倒そうかだけに思考が回っている。
「あの方に伝えて欲しいのです。私にはまだ大事なお仕事があります。お仕事が終わりましたら私から会いに行きますので、デートはそれまで待っていただけないかと」
ブロンドの長髪を掻き上げて、ピカピカの真っ白い歯を見せながら爽やかな笑顔で敵意を完全に剥きだしているパクチーに言っている。
「何で俺がんなことしなきゃなんねーんだよ」
「おや? 分かりませんか? 貴方を見逃すから早くここを立ち去りなさいと言っているんですが?」
やれやれと再び首を振り、頭まで悪いとはとシーナルがため息をつく。
「俺がてめぇに勝てねぇとでも?」
爪を伸ばしてシーナルに向かって再び走り出す。
「見た目だけでなく性格まで不細工ですね。掌具:悪魔の鏡(デビルズミラー)」
シーナルが持っていた鏡は掌具だったようだ。
その鏡にパクチーが映し出される。
『これはまずそうだ!』
そう思ったパクチーは急遽攻撃を止める。
「正解ですよ」
ふふ。と怪しい笑みを浮かべてシーナルがくるりと背中を見せる。
「どこ行くつもりだよ」
シーナルの眼中にパクチーは居なかった。
パクチーはそれを感じ取ってつっかかる。
「どこって、ここは貴方がいて前線を押し上げるのが難しいじゃないですか。私はすぐにここの前線を押し上げて元の仕事に戻らないといけないのです。別のところの前線をさっさと押し上げるだけですが?」
後ろ手を振ってシーナルが歩き出す。
「俺に勝てるんじゃないのか?」
「えぇ勝てますよ? ですが時間はかかりますよね? イマドキタイムパフォーマンスって大事なんですよ? 分かりますか? タイパですタイパ」
行きますよラクサ。と指示を出してシーナルが歩き出そうとした。
「ざけんな!」
パクチーにとってここまでこけにされたのは初めてのことだろう。
キレてシーナルの顔面を殴ろうとすると、ラクサがその手を掴んで止めた。
「バカヤロウ! こいつの顔を傷付けんじゃねぇ! 手が付けらんなくなるぞ」
自分のパンチを止められたことに驚きつつもパクチーは、フンと鼻を鳴らした。
「いいでしょう。相手をしてあげましょう」
顔を狙われたことでシーナルも本気になったようだ。
●
シーナルが現れるよりも少し前の時間――
私はシカカの沼にはまって身動きが取れない状態だった。
実に情けない。
足をバタバタしてみるけど、底なし沼のように足が届かないし体も動く気配がない。
そもそも私は運動が苦手なんだよね。
よくわかんないけどさ、こーゆー状況って泳ぎが得意だったら簡単に抜け出せるとかありそうじゃん?
だけどね。デブスニートの私にはそういう経験がないからどうやったら抜け出せるのかさっぱりわかんないんだよね。
けど、パセリってキャラは運動神経もいいし動体視力もいいキャラなんだ。
だからほら、シカカが私に向かって走ってくるのがよく見える。
まぁこれは誰でも見えるのかも知れないけど、何となく頭でどうしたらいいのかが分かる不思議な感覚があるんだよ。
だから私はパセリのこの感覚を信じることにした。
まずは私を確実に確実に倒そうとしてくるシカカは、その手に指輪剣(リングソード)を持っている。
あの手を掴んでそのまま引っ張って沼から上がる! これしかないよね。
ほら私を刺しに来た。
私は指輪剣(リングソード)が私に届く前にシカカの腕を掴んだ。
そのままぐいっと腕を引っ張って自分の体を沼から引き上げる。
シカカを踏み台にして見事沼からの蘇生に成功した!
「うらぁー! 見たかぁー」
思わずドスの利いた声を出してしまった。
でもそれだけ嬉しかったってことだからね。
「こっからが勝負よ!」
私が沼に落っこちたシカカを見ると、シカカは沼を消して私と向き合った。
どうやら向こうも相変わらず本気のようね。
「あんたに恨みはねぇがここで勝たないとオイラの人生も無意味なものになっちまう……戦いは嫌いだが勝つためにオイラは握器を使う。握器:火の指輪(ファイヤリング)」
人差し指に嵌めていた赤い宝石の指輪を私に向けてきた。
名前的に炎系統の攻撃でしょ。
ちょっと油断したのがまずかった。
火の指輪(ファイヤリング)の攻撃は、火による光線攻撃だった。つまり、火の線が私に向かって飛んでくるものだ。
しかもそのスピードはかなり速い。
パセリの運動神経と動体視力をもってしても躱せなかった。
「あっぶなぁ!」
でもシカカも上手に火の指輪(ファイヤリング)を扱えるわけじゃなさそうね。
本当なら私の心臓とか脳とかを狙ったはずなのに、当たったのは左肩。しかもかすった程度。
めっちゃ火傷した感じにジンジン痛むけどほとんどノーダメージに近い。
「やっぱり攻撃は好きじゃないな……」
なんて呟いているけど負け惜しみかしら?
もしも負け惜しみじゃなくて本気で言ってるんだとしたら、わざと外したとも取れるんだけど……
そう思ってシカカの顔を盗み見たら目が合った。
「次は外さない」
とか言ってるしー!
「わ、私だってもう当たらないわよ」
なんて強がってみたものの、あんな速い攻撃どうやって避けたらいいの?
そういえばパクチー君が、攻撃には必ず癖があるとか言ってたっけ。
その癖を見抜ければ攻撃を避けるのは簡単で、逆もまた然りって言われたなぁ。
つまりあの火の線を出す前に何かしらの前兆がある可能性がある。
そういえば掌握軍って、掌具を使う時も握器を使う時も偉才を使う時も必ず口にだすよね。血祭とか妖精魔法もそうだけど。
あれってたぶん私が描いたラノベの影響だよね。
攻撃する時に必ず技名を言って攻撃するようにしてたし。
実際に体験すれば分かるけど、物凄くダサい。
でもつまりそれが攻撃の合図だから避ける合図にもなる。
それに熱線攻撃は指輪を私に向けないと攻撃が出せない。
注視してれば私に当たることはない!
「握器:火の指輪(ファイヤリング)」
ほらきた!
この言葉と同時に私は体を横に滑らせるように移動する。
やっぱりパクチー君の言った通りだね。
攻撃の宣言をした後に私に指輪を向けてるし。
これでもうあの沼にもはまらないわ。
「火の指輪(ファイヤリング)を避けただと?」
シカカがびっくりしてるけど当然よね。
「もうあなたの攻撃は私に当たらないわ」
ビシッとシカカを指さして決め台詞と決めポーズを決める私。かっこいいねぇ~。
「オイラの攻撃が当たらないだと? そんな御伽噺のようなことがあるか! 偉才、いつの間にそんなところに。掌具:靴沼(シューズスワンプ)」
頭に血がのぼったのかしらね。立て続けに偉才と掌具を使ってきたね。
でも大丈夫。
まずは場所が入れ替わって、そこの地面が沼化するんだろうけど、入れ替わった瞬間に走り出せばは沼にはまることはない!
ほらね? 私とシカカの場所が入れ替わった瞬間に走り出したから沼化の攻撃は無効化されたでしょ?
それにパクチー君が言ってたよね。強力な力を扱う偉才や掌具に握器はそれなりに体力を必要とするって。
そんな私の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「いいでしょう。相手をしてあげましょう」
シーナルがパクチー君に言っていた言葉が私のところまで聞こえてきた。
気が付けば私とシカカは、パクチー君とラクサの戦いの場の近くまで来ていたようだ。
●
「なっ! 何であんたがいるのよ!」
シーナルがいることに気が付いた私の第一声がそれだった。
そりゃそうだ。
パクチー君はラクサと戦っていたはずだし、あのラクサは今目の前にいるナルシスト男シーナルと同じ強さの小将軍の階級のはずだもん。
「あぁ……とうとう会ってしまったね天使ちゃん」
鏡で自分の顔を見ながら私を天使と呼ぶナルシスト男がシーナルだ。
ラクサはややボロボロなのにシーナルが無傷なのを見ると、実力的にはシーナルの方が上なのかな?
「私には大事なお仕事があります。ですから貴方と遊んであげることが今はできません。申し訳ありませんがまたの機会に――」
うっさいわ!
私はシーナルの話しを聞かずに殴りかかった。
「やれやれ……貴方も私と戦うというのですか……掌具:悪魔の鏡(デビルズミラー)」
シーナルが持っていた手鏡で私を映してくる。
「バカ! 攻撃をやめろ!」
パクチー君が言ってくるけどそんな簡単に攻撃を止められるわけないじゃん。
私がシーナルの手鏡を攻撃した時、その掌具の効果が発揮された。
本来、手鏡をパンチしたんだから手鏡が割れてもおかしくない。
いくらデブスニートの私だとはいえ、鏡を割る力くらいはある。
でもパンチのダメージは私にきた。
「なるほどね」
思わず言葉が出た。
まぁよくある力よね。
「鏡に映った人物にダメージを移す効果があるようね」
パクチー君にもその効果が分かるようにわざと声に出して言ったんだけど、その効果は別のところで効いたようだ。
「さすがは私が認めた天使なだけはある。洞察力もかなりのものだね」
シーナルがうっとりして私を見るけど、あんたには言ってない。
そして私はいつ認められたんだよ。
「ま、こんなの鏡を攻撃しなければいいだけだから怖くないよ」
そう私が言うとパクチー君が目をパチクリさせた。
「しかし、奴がどんなタイミング掌具を使ってくるかなんてわかんねーぞ」
「それが分かるんだなぁー」
人差し指を左右に振って、チッチッチと得意そうな顔をすると、シーナルが会話に割り込んできた。
「そうです! いくら貴方が賢い天使ちゃんでも私の思考が読めるわけがありません」
鬱陶しいなぁーもう。
でも今ここで種明かしをしたら、掌握軍にこのことが知れてしまう。
私だけが気づいているであろう掌具や握器、偉才の力を行使する際の合図。これは大きなアドバンテージになるはず。
「後で教える」
そう言い残して私はシーナルの方へ再び向かう。
あいつがどんな偉才を持っているのか知らないけど、使うタイミングさえわかれば避けられる可能性が高いからね。
「そいつは触れた物の形状を変化させる偉才を使うぞ!」
後ろからパクチー君が教えてくれる。
触っている物の姿形を変える力ね。
そこまで攻撃的には思えないけど油断は禁物ね。
「偉才、少し落ち着きませんか?」
これか!
シーナルが石を手に持っているのを見る限り、あの石の形状を変化させて私に攻撃してくるんだろうね。
普通に考えれば真っ直ぐにしか攻撃できないと思うけど、くねくね曲げられるとも考えておいた方がいいね。
とりあえず私はシーナルの直線上に居るわけだから、およそ1歩横にずれてみた。
ちょうどさっきまで私が居た場所をもの凄い速さで棒状に変化した石が通って行った。
「な!」
その石を避けたことにシーナルが絶句する。
ふふん。見たか。
「俺への攻撃よりも速かったのにか……」
パクチー君も驚いてるね。
確かに速かったけど攻撃の合図があるから避けられる避けられる。
「仕方ないですね……偉才、少し落ち着きませんか?」
シーナルがやれやれと首を振りながら偉才を使う。
また同じ攻撃?
そう思ったけど違った。
シーナルは偉才を行使した後、小さな箱のようなものを地面に置いた。
サレから何か預かってたのかな? とも思ったけど、それも違った。
どうやら掌具の1つを小さくして運んでいたようだ。
掌具がみるみる大きくなり、元々の大きさに戻る。
「食器棚……?」
思わず困惑の声が出た。
そう。シーナルが大きさを戻した掌具は食器棚そのものだった。
「気をつけろ。見た目がなんであれ掌具に変わりはないぞ」
パクチー君が注意を促しながら私の隣に来る。一緒に戦うつもりのようだ。
確かにそうだね。油断は禁物だよね。
「私にこの掌具を使わせた以上、貴方に勝ち目はありません。できることなら今のうちに降参して欲しいものです」
悲しそうな目をして私に言う。あれは本心から言っているんだとアホな私にも分かる。シーナルはきっと本気で私のことを心配してくれている。でも――
「それならあんたが退きなさい!」
びしっとシーナルを指さす。
「それができないことは貴方も分かっているでしょう」
そう言ってシーナルは食器棚の上段のドアを開けた。
中にはびっしりと食器が並んでいるのが見える。
「忠告しましょう。これらは全て掌具と握器です」
「あの食器が全部?」
それにはさすがの私も驚いた。
「あの棚は掌具や握器を入れておくための掌具ってわけか……」
チッと短く舌打ちをしつつもパクチー君が突っ込まないところを見ると、やっぱりどんな力があるか分からない上にあれだけの量となるとうかつに攻撃できないよね……
「握器:首輪針(ネックニードル)」
いくつかのお皿が鋭い針となって私たちに飛んできた。
「握器:首飾りの重り(ウエイトネックレス)」
別のお皿を投げながら別の握器を使ってくる。
そのお皿は大きな岩となって私たちに降ってくる。
これまた何枚もお皿を投げてくる。
「前からは針……上空からは巨大な岩……そして後ろと左右には沼を発生させます。掌具:靴沼(シューズスワンプ)」
2枚のお皿は靴沼(シューズスワンプ)だったのか!
「パクチー! 私の後ろに隠れて!」
私は聖盾を前に掲げて針からの攻撃に備える。
「こんな量の掌具や握器を一度に扱うとは……やつの気力は底なしか……」
「それに靴沼(シューズスワンプ)は靴の形をした掌具だったはず。それがお皿ってことはあいつの偉才で色んな掌具や握器を食器の姿にしているってことだよ。あいつの偉才は石とかの形を変形させるだけじゃなくて姿まで変えることができるんだ!」
何本もの針が私たちに迫ってくる中、私とパクチー君はシーナルの凄さを実感した――
