あの街を飛び出してからどれだけの月日が経っただろうか。
もふともとヌルヌルはその日その日を生きるのに必死だった。
生きていくためには盗みだろうと騙しだろうと何でもやった。
とにかく生きていくのに必死で、唯一人殺しをしていないことが救いだった。
もふともはシーフとしての才能を開花させ、ヌルヌルはもふともを守る力を手にしていた。
子供2人が生きていくには厳しすぎる世界だった。
そんな2人がこの街に行きついたのはごく自然の流れと言えるだろう。
街と言えるかどうかは分からない。
ただ流れ着いた者が勝手に居住地を作り、盗んだり狩った獲物を売買していた。
もふともとヌルヌルも、近隣の街から盗んだ食糧を売ったりその辺に現れるモンスターを狩ってその肉を売ったりしていた。
特にもふとものシーフとしての腕があがってからは、モンスターを狩らずに盗みによる生計を立てていた。
子供ながらに2人はかなりお金を持つようになっていた。
そして2人は知らなかった。
人間が持つ悪を。大人が持つ知恵を。
●
この街にしては珍しくもふともとヌルヌルはきちんとした家に住んでいた。
子供だから、お金をおしまず街に居た流れ着いた大人たちに作ってもらった家だ。
大人たちはこの2人がお金をたんまり持っていることを知っている。
通常の何倍ものお金を請求して家を建てた上に、合鍵まで作っていた。
そしてその鍵は密かに売買されていた。
そのせいで、もふともとヌルヌルが稼いだお金は、夜中に密かに盗まれていた。
「そろそろいいんじゃねぇか?」
1人の男が暗がりの中で言う。
「もう少し稼がせて貰おうぜ?」
別の男が慎重に言うと、最初の男がそれを否定する。
「やつらが自分たちで稼いだ金が減ってることに気づいたらめんどくさいぜ?」
「いーや。あいつら自分たちの金なんて数えちゃいねーよ」
慎重に言った男が首を左右にふる。
「だが、いつかは決行するわけじゃ」
話し合いをしていた2人の奥から大男が現れた。
どうやらリーダー格のようだ。
「善は急げという言葉が遠い東の国にはあるようじゃ」
リーダー格が言う。
「どういう意味なんだ?」
最初の男が問う。
暗がりの中でも顔に様々な傷があるのが分かる。
「いいと思ったことは即行動せよ。という意味じゃ」
大男がそう答えると、慎重に言った男が驚いた表情をする。
この男は他の2人に比べるとかなり顔立ちが整っている。
いわゆるイケメンの部類に入るだろう。
「それじゃあ今夜でどうだ?」
驚いた表情をしてからすぐにイケメンが言う。
「「あぁ」」
顔に傷がある男と大男が同時に頷いた。
「いつもやつらは夜中は寝ていて見張りすらいない。その隙に全財産をかっぱらうぞ」
大男が簡単に説明をした。
報酬は山分けだ。と付け加える。
しかし、今夜に限ってもふともとヌルヌルは夜遅くまで起きていたのであった。
●
「だぁーかぁーらぁー! アタイはもうこの町を出ようって言ってんの!」
もふともがヌルヌルに顔を近づけて怒る。
そのせいで、もふともの唾がヌルヌルにかかった。
「唾を飛ばすなよ。せっかく安定の地を手に入れたんだぞ? わざわざまた危険なことをするってのか?」
「この町はなんだか変だ。アタイたちを見る目も変だ」
「それはもふともが女だからじゃないか? 女なんて珍しいし」
「アタイをエロい目で見てるやつもいるけど」
まるで害虫でも見るかのような、不快な表情をもふともはする。
あの孤児院でされた出来事は、もふともの心に大きな傷を残した。
もふともが心を許せる男はヌルヌルだけとなった。
「そんなんじゃなくて、なんだか異様な感じがするんだよ」
あの孤児院で経験したことで、もふともは感覚が敏感になっていた。
それが現在のもふともにも生かされているわけだが、今はまだ知る由もない。
「異様な感じ?」
ヌルヌルにはその感覚が理解できなかった。
確かに変わってる人は多い。それでも特に問題はないと思っていた。
「うまく言葉では表現できないけど、とにかく気持ちの悪い感じなんだ」
ヌルヌルはもふともの真剣な表情に不安を覚える。
同時に、この町を離れる決意を固める。
その瞬間だった――
「ガチャリ」
玄関の戸が開く音がする。
「「!」」
2人は驚きと恐怖の入り混じった表情をする。
「おい。起きてるぞ」
野太い男の声がもふともとヌルヌルの耳にも聞こえてきた。
そこからの展開は僅か数分にしか満たなかっただろう。
しかしもふともには永遠にも思えるような、長い時間に感じた。
突如自分たちの家に3人組の男が侵入してきたことで、もふともとヌルヌルの平和な時間は終わりを告げた。
子供の2人にとって、大人の男たちはとても大きく見えた。
それに加えて恐怖心が更に男たちを巨大に見せていた。
何やら不気味な雰囲気が更に恐怖心を煽った。
●
顔に傷のある男が玄関を開けると、イケメンの男が素早く部屋へ入る。
同時にまだ子供たちが起きていることを知る。
「まだ起きてるぞ」
イケメンの声に大男が反応した。
素早く部屋に侵入すると、真っ先にお金が置いてある部屋へと向かう。
傷のある男とイケメンはもふともとヌルヌルの元へと向かう。
「やっぱ起きてやがったか」
イケメンが、今夜するべきじゃなかった。と文句を言うが傷のある男はそれを無視してヌルヌルのお腹にパンチをお見舞いする。
「こいつらを黙らせればいい」
うっ。と声を漏らしてヌルヌルが自分のお腹を抑える。
「ヌルヌル!」
もふともがヌルヌルのことを心配するが、すぐにイケメンに腕を掴まれる。
「男女。おめーはこっちだ」
無理やりに別の部屋へと連れて行かれる。
ヌルヌルは傷のある男に髪の毛を捕まれ、何度もお腹を殴られていた。
もふともはイケメンによって無理やり裸にされた。
「お前のような男女は誰も欲情しないんだがな、女を動けなくするにはこれが一番だ」
淡々とイケメンは言ってもふともをベッドに縛り付けた。
「離せ! こんにゃろう!」
「安心しろ。お前を犯すことはしない。子供に興味はないし、ましてや男みたいな女なんて立ちもしない。だがな、お前のようなやつが好きなマニアを呼んでやるから待ってな」
振り向きもせずにイケメンが部屋を去って行った。
もふともの耳には、殴られて苦しそうにするヌルヌルの声が聞こえていた。
「終わったぞ。ずらかるのじゃ」
大男が他の2人に指示を出すと、イケメンも傷のある男ももふともとヌルヌルのことを見ることもなくその家を後にした。
お腹だけでなく、体中を殴られたヌルヌルは命には別状がないにしても内蔵などに深刻なダメージを受けていた。
ヌルヌルは這いつくばったままもふともの元へと向かおうとした。
しかしすぐに外から別の男の声がした。
「ここに俺好みの女がいるんだって?」
グヘヘ。と気持ちの悪い笑い声を出しながらボサボサ髪の男が家に入ってきた。
男は地面に這いつくばっているヌルヌルを見ても、一切興味を示さなかった。
さすがこんな町だ。すぐに犯罪者たちが集まってくる。
もふともとヌルヌルは、わずか数分で金品を盗まれ、裸で縛られ、全身を殴打されていた。
ボサボサ髪の男はまっすぐにもふともが縛られている部屋へと進み、もふともと対面した。
「なんだぁー。ヤル気満々じゃないかぁー」
興奮した男は自分の服を脱ぎ捨てて、黒光りする自分の下半身をもふともに見せつけるように近づく。
気持ち悪さに吐き気をもよおしながらもふともは、顔を背けて目を閉じる。
「ぐふふ。さぁ一緒に気持ちよくなろう」
抵抗したくても、もふともの両手両足は動かせず何にもすることができない。
気持ち悪い笑みを浮かべながら男がもふともにキスをする。
そのまま口の中に舌を入れる。
「んー!」
もふともは抵抗できない代わりに男の舌を思いっきり噛んだ。
「てめぇー!」
男がもふともの頬を平手打ちする。
更に短い銀髪を掴んで上を向かせる。
「自分の立場が分かってねーようだな」
お腹を殴る。
あまりの痛みにもふともが嘔吐すると、男は大喜びだ。
「おいおいおいー。俺のをそんなに汚すなよー」
もふともが吐いた物をわざと自分の下半身にかけていたのだ。
そのまま男はもう1発殴る。
「もっと吐けよ」
恐怖のあまり、もふともはおしっこを漏らしてしまう。
これが更に男を興奮させた。
「こんなオプションまで付けてくれるなんてとんだ変態だなぁ?」
もふともの嘔吐物とおしっこをわざと手ですくい、自分の下半身から出る液体も手につけた気持ちの悪い混ぜ物を無理やりもふともの口の中に押し込む。
せめてもの抵抗にもふともがその手を噛む。
キッと男を睨むが、今度はもふともが噛むことも予想されていたようだ。
「反抗的な態度を取る女がよ。屈服する姿って興奮するよな」
ニヤニヤしたまま男は、もふともの口から手を抜き、もふともの顔中にもふともの嘔吐物を塗りつけた。
男は自分の下半身を手に持って、もふともの下半身へと侵入しようとした。
「やめろ! ホントに無理! やめて!」
最初こそ抵抗していたもふともも、最後は涙目になってしまっていた。
「俺の女を泣かすな!」
這いつくばりながらももふともの部屋へとたどり着いたヌルヌルは、男の股間を握りつぶした。
「ひゅぎゅ!」
声にならない声を出して男は身を縮こませた。
「もふとも!」
ナイフでもふともを拘束していた縄を解いたヌルヌルは、もふともだけでも逃げろと言うがそんなこともふともがするわけはない。
もふともはヌルヌルを抱きかかえて、安全地帯だと思っていたこの家を逃げ出そうとする。
しかし、股間を潰された男が逆上してヌルヌルのことを渾身の力で蹴り飛ばす。
既に瀕死のダメージを受けていたヌルヌルは、ここで動けなくなってしまう。
我慢できない男はもふともからナイフを奪い、ヌルヌルのことを何度も刺した。
「やめてー! やめて! 死んじゃう!」
「殺すんだよ!」
もふともと男の言い合いが外まで聞こえるが、住人は無関心だった。
男はもはやもふともを犯すことを忘れていた。ヌルヌルを殺すことに夢中だった。
もふともはヌルヌルを助けることに必死だった。
護身用に持っていたナイフで男を刺し、それだけでは足らずに股間を切り落とした。
そのままもふともは、ヌルヌルを抱きかかえて家の外へと出た。
住人みんなが、大人の男4人の襲撃にものともしない子供2人に戦慄を覚えた。
誰ももふともとヌルヌルに近づく者はおらず、2人はそのまま誰もいない場所まで邪魔されずに来れた。
ここまでの濃密なことがわずか数分で起こっていたことを、もふともは後になって知った。
●
その後のことはあっという間だった。
誰もいない場所には街灯はなく、月も星もない真っ暗闇の世界だった。
何も見えない状況でもヌルヌルが徐々に死にかけていくのが分かる。
「ヌルヌル……ヌルヌル……やだよぅ……おいてかないでよ……」
「も……とも……」
力のない声にもふともは泣くのを必死に我慢した。
ヌルヌルの手がもふともの頬に触れる。
まだ温かいが、明らかに生気を失っている手。
「1人にさせて……ごめな……」
これがヌルヌルの最期の言葉になった。
過去を思い出しながら、もふともが徐にザギから盗んだアイテムを懐から取り出した。
「あの時に鍵が盗まれてなかったらなぁ……」
悲しそうな横顔をしているが、ヌルヌルはもふともの表情よりも持っているアイテムの方が気がかりだった。
「ちょっと見せてくれ」
自分の話しをあまり気にかけて貰えなかったことに少し腹を立てつつも、もふともは鍵のような形をしたアイテムをヌルヌルに渡した。
「もしかして……」
ヌルヌルが何かを決意したような顔をして呟いた。
あの日と同じように、暗がりなのにもふともにはその様子がはっきりと見て取れたような気がした。
そしていつもの勘が働く。
もう二度とヌルヌルと会えないような。そんな予感がしていたのだった――

