翌朝のことはよく覚えていない。
みゆうと一緒にいるのは居心地は良かったが、どこか心の奥底が痛む気持ちがしていた。
それが本当の恋なんだと気づいたのは、ずっと後のことだ。
きっと俺はみゆうと別れたくて、でも別れ方とか分からなくて、何かと理由をつけてはデートを断り続けていて、気がつけばみゆうからフラれていた。
「さっさとあのブスのところ行けよ。不細工どうしお似合いだっつーの!」
そう言われてはっきりと気づいた。
いや本当は気づかないフリをしていただけだった。
俺はずっとみずほのことが好きだったのだ。
その気持ちを認めたくなかっただけだ。
「ごめん」
俺は謝ることしかできなかった。
自分に嘘をついて、付き合ってて、みゆうを傷つけたんだから。
それなのに――
「ぜってー見返してやるからな! 別れたこと後悔させてやる」
笑顔でそう言われた。
「ホントは罰ゲームだったのにな……気がつけば人生で初めて本気の恋をしたな……」
勇者の去り際に呟いたみゆうの言葉は、風に運ばれて勇者の耳に届くことはなかった。
●
みゆうと別れた勇者は、どこか心にぽっかりと穴が空いたような感じがしていた。
何をしていても集中できず、気がつけばスマホを見ていた。
いつもなら、鬱陶しいと感じていたみゆうからの連絡も、ぱったりと来なくなると寂しさを覚えた。
「……ま!」
どこにいても何をしても
「……さま!」
ふとした時に考えるのはみゆうのことだ。
「勇者さま!」
何回目かの呼びかけでやっと勇者は、みずほの言葉が耳に入った。
「え? あぁ。なんだっけ?」
何度目かのやりとりに、みずほが頬をぷーっと膨らませる。
これをみゆうがやったなら可愛いんだろうな。なんて勇者は思う。
「もう! 勇者さまが勉強教えてって言うから来たのに。ずっとみゆうちゃんのことばっかり考えてるんだから」
勇者は誰にもみゆうと別れたことは言っていない。
「あのね勇者さま。フラれてショックなのは分かるけど、その気持ちは私では埋まらないよ?」
「ぐぬぬ、眷属のくせになぜ俺がフラれたことが分かる」
「あら? だって眷属ですもの」
にこりとみずほが微笑む。
「みずほ……勉強は勉強でも、恋愛の勉強というか、女子の気持ちについて教えてはくれまいか」
勇者が教科書をどかして、みずほの目を見る。
ドキン。みずほの心臓が跳ねる。
「ん」
みずほは、照れ隠しに短く返事をする。
「最近変なんだ。俺が好きなのはきっとみずほなのになぜかみゆうのことばかり考えてしまうんだ」
この言葉にみずほは驚いた。
「勇者さま。今……」
「ん? あぁ。俺はみずほが好きだ。と思う……けどみゆうのことが頭から離れないんだよ」
「恋人を失うとよくある現象らしいよ。今まで当たり前だったことが当たり前じゃなくなっちゃうからね。私ではその当たり前を埋めることはできないし、みゆうちゃんの代わりになることもできないけど、私も勇者さまのことは好きだよ」
にこりとみずほが微笑むと、勇者の心の穴が少しだけ塞がった気がした。
「今は――」
勇者が振り絞って言葉を出そうとする。
「ん?」
「変だな。沈黙の魔法にでもかけられているようだ」
相変わらずの勇者の言葉にみずほは吹き出した。
「何それ。勇者さま変なの」
アハハと笑うみずほを見ると、勇者はどこか力が湧いてくるようだった。
「眷属が笑ったりすると、どうやら俺は力が増すスキルを持っているようだ」
「もぉー。ちゃんとしてよね勇者さま。でもま。今はこのままでいいかも」
そう言ってみずほは今までにしてこなかったことをした。
勇者の頬にキスをしたのだ。
「いつか、眷属を卒業させてくださいね」
