その鵲は、空の裏側を知る~第14章 選択の代償~

その鵲は空の裏側を知る

 未観測領域――
 第三層の中心。

 暴走していた因果結晶は沈黙し、
 空間は、まるで嵐の後の湖のように静まり返っていた。

 だが、それは安定ではない。
 ただの、止血だ。

 カケルは立っていることができずに、その場に片膝をついた。

 視界には、まだ第三層の情報が流れている。
 だが、以前のように“全て”ではなかった。

 ――欠けている。

 色の一部が、ない。
 距離感が、曖昧だ。
 自分の呼吸が、どこか他人事のように感じられる。

(……聞こえない。触れても、実感がない)

 失った感覚は、
 痛みとしてすら戻ってこなかった。

「……これが、代償か」

 声は出た。
 だが、その震えを自分で感じ取ることはできない。

 シラサギが、そっと近づく。
 彼女は何も言わず、カケルの手を取った。

 その温もりも――
 半分しか、分からない。

「……それでも」
 彼女は静かに言う。
「あなたは、選べた」

「誰のために戦うか」
「何を、切り捨てるか」

 ●

 第三層。

 それは“万能”ではない。
 むしろ、残酷なほどに不完全だ。

 カケルの視界に、制御限界を示す数値が浮かぶ。

 ――【第三層操作限界:50%】
 ――【人格安定率:30%】
 ――【感覚喪失:主要四感の半分】

(半分……か)

 思ったより、残っていない。
 だが、思ったより、残っている。

 第三層でできるのは、
 局所的な修正だけ。

 世界を救う力ではない。
 世界の破綻を、“遅らせる”力だ。

 ・すべてを守ることはできない
 ・大きく変えれば、人格が崩れる
 ・守れば守るほど、自分が削れる

 頭の奥で、声が重なる。

 ――フクロウの声。
「世界の安定を、最優先に」

 ――タカの声。
「お前が選んだなら、それを貫け」

(……どっちも、正しい)

 だからこそ、逃げ場はなかった。

 ●

 カケルは、ゆっくりと目を閉じる。

 第三層の情報を、一点に集めた。

(……ここだ)

 管理者側の陰謀。
 排除プログラムの核。
 学園に広がる、歪んだ因果。

 それらを完全に消すことはできない。

 だから――
 切る。

 世界の一部を、切り離す。

 ・局所空間を閉鎖
 ・排除プログラムを無効化
 ・影響範囲を最小化

 代わりに――
 いくつかの因果結晶が、自己消滅する。

 それは、
 誰にも観測されない小さな世界の可能性。

「……ごめんな」

 誰に向けた言葉か、自分でも分からない。

 光の渦が収束し、
 第三層の中心は、静寂に包まれた。

 同時に――
 カケルの内側で、何かが崩れ落ちた。

 ――【人格安定率:22%】
 ――【感覚喪失:拡大】

 ●

 膝が、床につく。

 もう一度、立ち上がろうとして――
 力が入らない。

 世界が、遠い。

「……世界は……」

 言いかけて、言葉が途切れる。

 シラサギが、すぐそばにしゃがみ込む。

「……守られたわ」
「完全じゃない。でも……壊れなかった」

 タカが、少し後ろから言った。

「正解だったかどうかは分からない」
「でも――お前が選んだ」

 その言葉は、
 慰めではなく、責任だった。

 カケルは、かすかに笑う。

「……ああ」
「だから、逃げない」

 フクロウが近づき、
 静かに翼を広げる。

「覚悟を持つ者だけが、観測者として生き残る」
「君は――その資格を得た」

 祝福ではない。
 評価でもない。

 ただの、承認。

 ●

 三人は、深層の中心で立ち上がる。

 世界の一部は、確かに失われた。
 だが、学園は守られ、
 未観測領域は、ひとまず安定した。

 それでも――

 ・カラスは生きている
 ・管理者は完全には止まっていない
 ・因果修正の反動は、必ず別の場所に現れる

 そして何より。

 カケルは、もう以前の自分には戻れない。

 感覚を失い、
 人格の縁に立ち、
 それでも――選び続ける存在になった。

「……これからも戦う」

 カケルは、静かに言った。

「誰のためか」
「何のためかは……その都度、俺が決める」

 シラサギとタカが、隣に立つ。

 三人は、同じ方向を見てはいない。
 だが、同じ場所に立っている。

 深層での戦いは、終わった。

 けれど――
 選択の代償を背負った物語は、
 ここからが本番だった。

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