その鵲は、空の裏側を知る~第15章 カラスとの最終対峙~

その鵲は空の裏側を知る

 学園最上階――
 かつては観測と研究のために使われていたはずの観測室は、今や半壊していた。

 割れた魔導ガラスの向こうに見えるのは、
 赤黒く歪む未観測領域の深層。

 世界の裏側が、あまりにも近い。

 カケルは、ゆっくりと息を整えた。
 胸の奥で、第三層の情報が脈打つ。

(……近い。限界も、答えも)

 視界の端が、わずかに欠けている。
 音は、ほとんど実感として届かない。

 それでも――
 見るべきものは、見えていた。

「……ここで決着をつける」

 赤く光る瞳で、カケルは前を見据える。

 そのとき。

 羽音が、空間を裂いた。

 影が降り立ち、
 観測室の中央に、黒い翼が広がる。

「……やっと来たか、観測者たちよ」

 カラスだった。

 その声音は冷静で、
 怒りも焦りもない。

「君たちの行動は興味深かった。だが――ここまでだ」

 ●

 次の瞬間、空間が歪んだ。

 床が沈み、
 壁が伸び、
 重力の方向がねじれる。

 ――分断。

「来る!」
 タカが即座に叫ぶ。

 高速の魔力斬撃が、
 視認すら難しい速度で飛来する。

 シラサギが結界を展開。
 透明な膜が、刃を弾く。

 カケルは、第三層で“結果”を見る。

(右にずれる……三拍後)

 因果を、ほんの僅かに操作する。

 刃は逸れ、
 空を切るだけで終わった。

 だが、油断はない。 

 次は因果干渉だ。

 カラスの魔力が、
 直接カケルの観測情報に触れてくる。

(……視界が、揺れる)

 未来予測が、複数に分岐する。

「カケル!」
 シラサギの声。

「大丈夫だ」
 タカが前に出る。
「俺が読む!」

 三人は、再び距離を詰める。

 ●

 戦場は、もはや力比べではなかった。

 ・タカは、魔力の癖と心理を読む
 ・シラサギは、空間を固定し続ける
 ・カケルは、最小限だけ因果を動かす

 どれか一つ欠ければ、
 即座に崩れる綱渡り。

 光と影、
 数値と直感、
 魔法と物理。

 それらが、ぎりぎりの均衡で噛み合う。

「……見事だ」

 カラスが、戦いながら言った。

「第三層に至った観測者が、ここまで理性を保っているとは思わなかった」

 タカが叫ぶ。

「それでも! お前のやり方は間違ってる!」

「秩序のために、仲間を切り捨てる――
 それが正義だって言うのか!」

 カラスの動きが、一瞬だけ鈍る。

「……正義など、最初からない」

 彼の声は、わずかに低くなる。

「あるのは、選別だけだ」
「守るためには、切るしかない」

 ●

 カケルは、その言葉を“理解してしまった”。

 第三層は、嘘を許さない。

 カラスが言っていることは、
 世界の構造としては、正しい。

(……だからこそ)

「――それでも」

 カケルは、一歩踏み出す。

 第三層の因果線が、一点に収束する。

「俺は、切る側を選ばない」

 因果操作を、“破壊”ではなく“封鎖”に使う。

 攻撃の未来を消し、
 逃げ道を閉じ、
 結果だけを固定する。

 カラスの動きが、止まる。

 因果結晶が、彼の周囲を取り囲む。

「……なるほど」

 カラスは、力を失いながらも、微かに笑った。

「君たちは……世界にとって、厄介だ」

 そして、崩れ落ちる。

 ●

 観測室に、静寂が戻る。

 破壊された床。
 歪んだ空間。
 それでも――世界は、保たれている。

 シラサギが、深く息を吐いた。

「……終わったのね」

 タカは拳を緩める。

「少なくとも、ここはな」

 カケルは、膝に手をつく。
 視界が、揺れる。

(……限界、近いな)

 それでも、顔を上げる。

「……これで全部が解決したわけじゃない」

「でも、今日の選択は――
 間違ってなかったと思いたい」

 そのとき、
 空から、静かな羽音が舞い降りた。

 フクロウが降り立ち、
 三人を見下ろす。

「覚悟を持った観測者たちよ」

「君たちは、世界を“壊さずに歪める”道を選んだ」

 それは、称賛でも祝福でもない。

 ただの、確認。

 三人は、互いに頷く。

 同じ未来を見ているわけではない。
 だが、同じ場所から歩き出す。

 深層の空間で、
 光と影が、静かに揺れていた。

 ――戦いは終わった。

 だが、選び続ける物語は、まだ終わらない。

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