学園最上階――
かつては観測と研究のために使われていたはずの観測室は、今や半壊していた。
割れた魔導ガラスの向こうに見えるのは、
赤黒く歪む未観測領域の深層。
世界の裏側が、あまりにも近い。
カケルは、ゆっくりと息を整えた。
胸の奥で、第三層の情報が脈打つ。
(……近い。限界も、答えも)
視界の端が、わずかに欠けている。
音は、ほとんど実感として届かない。
それでも――
見るべきものは、見えていた。
「……ここで決着をつける」
赤く光る瞳で、カケルは前を見据える。
そのとき。
羽音が、空間を裂いた。
影が降り立ち、
観測室の中央に、黒い翼が広がる。
「……やっと来たか、観測者たちよ」
カラスだった。
その声音は冷静で、
怒りも焦りもない。
「君たちの行動は興味深かった。だが――ここまでだ」
●
次の瞬間、空間が歪んだ。
床が沈み、
壁が伸び、
重力の方向がねじれる。
――分断。
「来る!」
タカが即座に叫ぶ。
高速の魔力斬撃が、
視認すら難しい速度で飛来する。
シラサギが結界を展開。
透明な膜が、刃を弾く。
カケルは、第三層で“結果”を見る。
(右にずれる……三拍後)
因果を、ほんの僅かに操作する。
刃は逸れ、
空を切るだけで終わった。
だが、油断はない。
次は因果干渉だ。
カラスの魔力が、
直接カケルの観測情報に触れてくる。
(……視界が、揺れる)
未来予測が、複数に分岐する。
「カケル!」
シラサギの声。
「大丈夫だ」
タカが前に出る。
「俺が読む!」
三人は、再び距離を詰める。
●
戦場は、もはや力比べではなかった。
・タカは、魔力の癖と心理を読む
・シラサギは、空間を固定し続ける
・カケルは、最小限だけ因果を動かす
どれか一つ欠ければ、
即座に崩れる綱渡り。
光と影、
数値と直感、
魔法と物理。
それらが、ぎりぎりの均衡で噛み合う。
「……見事だ」
カラスが、戦いながら言った。
「第三層に至った観測者が、ここまで理性を保っているとは思わなかった」
タカが叫ぶ。
「それでも! お前のやり方は間違ってる!」
「秩序のために、仲間を切り捨てる――
それが正義だって言うのか!」
カラスの動きが、一瞬だけ鈍る。
「……正義など、最初からない」
彼の声は、わずかに低くなる。
「あるのは、選別だけだ」
「守るためには、切るしかない」
●
カケルは、その言葉を“理解してしまった”。
第三層は、嘘を許さない。
カラスが言っていることは、
世界の構造としては、正しい。
(……だからこそ)
「――それでも」
カケルは、一歩踏み出す。
第三層の因果線が、一点に収束する。
「俺は、切る側を選ばない」
因果操作を、“破壊”ではなく“封鎖”に使う。
攻撃の未来を消し、
逃げ道を閉じ、
結果だけを固定する。
カラスの動きが、止まる。
因果結晶が、彼の周囲を取り囲む。
「……なるほど」
カラスは、力を失いながらも、微かに笑った。
「君たちは……世界にとって、厄介だ」
そして、崩れ落ちる。
●
観測室に、静寂が戻る。
破壊された床。
歪んだ空間。
それでも――世界は、保たれている。
シラサギが、深く息を吐いた。
「……終わったのね」
タカは拳を緩める。
「少なくとも、ここはな」
カケルは、膝に手をつく。
視界が、揺れる。
(……限界、近いな)
それでも、顔を上げる。
「……これで全部が解決したわけじゃない」
「でも、今日の選択は――
間違ってなかったと思いたい」
そのとき、
空から、静かな羽音が舞い降りた。
フクロウが降り立ち、
三人を見下ろす。
「覚悟を持った観測者たちよ」
「君たちは、世界を“壊さずに歪める”道を選んだ」
それは、称賛でも祝福でもない。
ただの、確認。
三人は、互いに頷く。
同じ未来を見ているわけではない。
だが、同じ場所から歩き出す。
深層の空間で、
光と影が、静かに揺れていた。
――戦いは終わった。
だが、選び続ける物語は、まだ終わらない。
