夕方の魔法学園《アヴィア》。
チャイムが鳴り終わり、生徒たちの気配が薄れていく時間。
廊下の窓から差し込む光は、本来ならただの夕焼けであるはずだった。
だが――
その光は、わずかに”遅れて”届いていた。
ほんの一拍。
誰も気づかない程度のズレ。
それを、彼だけは見逃さない。
●
フクロウは、学園の時計塔の影に止まり、
片目を閉じ、片目だけで世界を観測していた。
(……因果の収束速度が落ちている)
視界には、数値でも色でもない、“世界の重さ”のようなものが流れている。
・生徒の笑い声は、予定より0.3秒遅れる
・影の伸びる方向が、理論値と一致しない
・未観測領域への接続点が、無意識下で増殖している
どれも致命的ではないが、積み重なれば――崩れる。
(観測者の影響が、ここまで広がるとは……)
カケルの存在は、まだ“暴走”ではない。
しかし既に、世界の自己修正機構を刺激し始めている。
フクロウは、ゆっくりと首を回す。
塔の下――
カケルとシラサギが並んで歩いているのが見えた。
会話の内容は聞こえない。
だが、因果線の絡まり方で分かる。
(……彼女は、気づき始めている)
シラサギの周囲だけ、未観測情報のノイズが整理されている。
(優秀だ。だが……だからこそ、危うい)
フクロウは翼を畳む。
(管理者たちは、もう動き始めている)
●
同時刻――
学園の別棟、誰も使わなくなった資料室。
カラスは、机の上に展開された“見えない書類”を眺めていた。
そこには文字はない。
あるのは、因果ログと、観測者の成長曲線。
「……やはりな」
彼は低く呟く。
第三層到達予測値――
想定より、二段階早い。
(フクロウは、甘い)
観測者は、便利な存在だ。
世界の異常を可視化し、修正の“理由”を与えてくれる。
だが――
理由を持つ存在は、いずれ“選ぶ”。
選択は、秩序にとって最大のノイズだ。
「自由意思など、世界には不要だ」
カラスはログを閉じる。
(第七章に入る前に、準備を整えろ)
・監視結界の再調整
・排除プログラムの待機
・学園内部からの干渉経路の確保
うまくいけばすべては、“まだ何も起きていない”顔で進められる。
●
夕暮れの校庭。
カケルは理由もなく、足を止めた。
「……なあ」
隣のシラサギに声をかける。
「この学園さ、前からこんなに……静かだったっけ」
シラサギは、一瞬だけ言葉に詰まる。
「……いいえ」
彼女は、空を見上げる。
「静かなんじゃないわ。均されてるの」
その言葉の意味を、カケルはまだ完全には理解できない。
だが、胸の奥に、小さな棘のような違和感が残った。
(……何かが、俺たちを見てる)
風が吹き、桜の枝が揺れる。
フクロウは高みから、
カラスは影の中から、
そして世界そのものが――
静かに、次の章を待っていた。
