どうせ勝てないので、魔王は勇者を楽しませることにしました~第25娯楽~

どうせ勝てない魔王

 討伐部隊が引いた後の魔王城は、奇妙な静けさに包まれていた。

 泣き声も、怒号もない。
 あるのは、視線だけだった。

 魔王が歩くたび、
 人も、魔族も、ほんの一瞬だけ言葉を止める。

 そして――
 目を逸らす。

 それは敵意ではない。
 もっと厄介なものだった。

 疑念だ。

 ●

 広間に、即席の集会が開かれていた。

 怪我人の手当ては終わっている。
 子どもも、年寄りも、全員が生きている。

 それでも、誰も安堵していなかった。

「……助かったのは事実だ」

 最初に口を開いたのは、人間の男だった。
 以前、魔王城に逃げ込んできた元商人だ。

「だが……本当に、討伐部隊が狙っていたのは俺たちだったのか?」

 その言葉に、ざわりと空気が揺れる。

「どういう意味だよ」

「魔王が“いなければ”、そもそも狙われなかったんじゃないのか?」

 沈黙。

 誰も否定しない。

 それが答えだった。

 魔族の一人が低く呟く。

「……魔王様が、討伐部隊を呼び寄せていると?」

「“原因”ではあるだろ」

 誰かがそう言った。

 魔王は、何も言わなかった。

 ●

 レイは歯を食いしばっていた。

「違う……」

 声が、震える。

「魔王は、俺たちを守った。
 あの時、前に出なかったら、子どもたちは――」

「結果論だ」

 冷たい声が被せる。

「守られたから美談になるだけで、
 そもそも危険に晒したのは誰だ?」

 レイは言葉を失った。

 守った。
 確かに守った。

 だが、危険の中心にいたのも魔王だった。

 それは否定できない。

 ●

 メルキオは、集会の隅で立っていた。

 何も言わず、何も遮らず、
 ただ、この空気を受け止めている。

 ――ああ。

 ついに来たか。

 この城が、
 「居場所」から「問い」に変わる瞬間が。

 誰かが、決定的な一言を落とす。

「……魔王様がいなければ、
 俺たちは“普通の被害者”でいられた」

 その瞬間。

 空気が、完全に変わった。

 ●

 魔王は、ゆっくりと前に出た。

「……そうか」

 声は穏やかだった。

「私が、怖いか」

 誰も答えない。

 だが、全員が肯定していた。

「私は、君たちを守るためにここにいる」

 そう言った魔王を、
 人も魔族も、同じ目で見ていた。

 ――守る者。
 ――同時に、災厄。

 その両方として。

「……もういい」

 魔王は、そう呟いた。

「疑うのは、当然だ」

 そして、はっきりと言った。

「私は、君たちを“守る存在”である前に、
 世界から見れば“壊すべき象徴”だ」

 誰かが息を呑む。

「だから――」

 魔王は、少しだけ笑った。

「私のせいで、君たちが苦しむなら。
 それは、私の敗北だ」

 ●

 その夜。

 魔王は、城の最上階に一人立っていた。

 誰も近づかなかった。
 止める者もいなかった。

 城の中で、初めて――
 魔王が、孤独になった夜だった。

 メルキオだけが、背後に立つ。

「……覚悟は、できていますね」

「ああ」

 魔王は、夜空を見上げたまま答えた。

「ここから先は、
 “守る”だけでは足りない」

 そして、静かに告げる。

「私が疑われることで、
 この城が壊れる未来が来る」

 それでも。

「それでも、
 子どもたちだけは――」

 言葉は、最後まで続かなかった。

 メルキオは、深く頭を下げる。

 この夜を境に、
 魔王城は、もう元には戻らない。

 だが同時に――

 “魔王の意志を継ぐ物語”が、静かに始まった夜でもあった。

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