討伐部隊が引いた後の魔王城は、奇妙な静けさに包まれていた。
泣き声も、怒号もない。
あるのは、視線だけだった。
魔王が歩くたび、
人も、魔族も、ほんの一瞬だけ言葉を止める。
そして――
目を逸らす。
それは敵意ではない。
もっと厄介なものだった。
疑念だ。
●
広間に、即席の集会が開かれていた。
怪我人の手当ては終わっている。
子どもも、年寄りも、全員が生きている。
それでも、誰も安堵していなかった。
「……助かったのは事実だ」
最初に口を開いたのは、人間の男だった。
以前、魔王城に逃げ込んできた元商人だ。
「だが……本当に、討伐部隊が狙っていたのは俺たちだったのか?」
その言葉に、ざわりと空気が揺れる。
「どういう意味だよ」
「魔王が“いなければ”、そもそも狙われなかったんじゃないのか?」
沈黙。
誰も否定しない。
それが答えだった。
魔族の一人が低く呟く。
「……魔王様が、討伐部隊を呼び寄せていると?」
「“原因”ではあるだろ」
誰かがそう言った。
魔王は、何も言わなかった。
●
レイは歯を食いしばっていた。
「違う……」
声が、震える。
「魔王は、俺たちを守った。
あの時、前に出なかったら、子どもたちは――」
「結果論だ」
冷たい声が被せる。
「守られたから美談になるだけで、
そもそも危険に晒したのは誰だ?」
レイは言葉を失った。
守った。
確かに守った。
だが、危険の中心にいたのも魔王だった。
それは否定できない。
●
メルキオは、集会の隅で立っていた。
何も言わず、何も遮らず、
ただ、この空気を受け止めている。
――ああ。
ついに来たか。
この城が、
「居場所」から「問い」に変わる瞬間が。
誰かが、決定的な一言を落とす。
「……魔王様がいなければ、
俺たちは“普通の被害者”でいられた」
その瞬間。
空気が、完全に変わった。
●
魔王は、ゆっくりと前に出た。
「……そうか」
声は穏やかだった。
「私が、怖いか」
誰も答えない。
だが、全員が肯定していた。
「私は、君たちを守るためにここにいる」
そう言った魔王を、
人も魔族も、同じ目で見ていた。
――守る者。
――同時に、災厄。
その両方として。
「……もういい」
魔王は、そう呟いた。
「疑うのは、当然だ」
そして、はっきりと言った。
「私は、君たちを“守る存在”である前に、
世界から見れば“壊すべき象徴”だ」
誰かが息を呑む。
「だから――」
魔王は、少しだけ笑った。
「私のせいで、君たちが苦しむなら。
それは、私の敗北だ」
●
その夜。
魔王は、城の最上階に一人立っていた。
誰も近づかなかった。
止める者もいなかった。
城の中で、初めて――
魔王が、孤独になった夜だった。
メルキオだけが、背後に立つ。
「……覚悟は、できていますね」
「ああ」
魔王は、夜空を見上げたまま答えた。
「ここから先は、
“守る”だけでは足りない」
そして、静かに告げる。
「私が疑われることで、
この城が壊れる未来が来る」
それでも。
「それでも、
子どもたちだけは――」
言葉は、最後まで続かなかった。
メルキオは、深く頭を下げる。
この夜を境に、
魔王城は、もう元には戻らない。
だが同時に――
“魔王の意志を継ぐ物語”が、静かに始まった夜でもあった。

