第一ダンジョンの入口は想像以上に静かだった。
本来なら、どこか不気味な雰囲気などの演出があるはずだ。
だが今、聞こえるのは――
「お、スライムじゃん。久しぶり」
軽い声。
本来ならばありえないことなのだろうが、勇者は本当に暇つぶしで来ていた。
青くてぷるぷるしたスライムを、剣の腹でつついては弾ませ、
「反発力いいな」
などと呟いている。
……何しに来たんだ、この人。
「魔王様……」
「分かってる。今まで通りなら、ここで奇襲して終わりだ」
そう。本来ならばこれで終わりなのだ。
勝てる勝てないは別にして――
俺は、後ろに控える魔族たちに小声で指示を出した。
「予定変更。第2娯楽、開始する」
「だ、第2……ですか?」
「いいから、合図を待て」
勇者がスライムを抱えて写真を撮った、その瞬間。
――パン、と乾いた音が鳴った。
天井の魔石が一斉に光り、ダンジョン内に柔らかい明かりが灯る。
「お?」
勇者が顔を上げた。
無骨だった石壁が派手な音を立てながら、模様替えを開始した。
床には淡く光るライン。
通路は一本道に整理され、行き止まりは消えた。
「迷路やめちゃったの?」
勇者が率直な意見を述べる。
そんな勇者の目を引くように、俺は一歩前に出た。
「ようこそ、勇者」
「お、魔王だ」
なるほど。この勇者は普通に会話できるタイプか。
「今日は討伐にきたのか?」
魔王城へ来た理由をストレートに訊く。
「別にどっちでも。強いて言うなら暇つぶしかな?」
だろうな。
だがそれは勇者としてはしてはいけない選択のはずだ。
やはりこの勇者。
いやこの世界か――
壊れてる……
だからこそ成功すると自信がある――
俺は胸を張った。
「では提案だ。今日は――体験型ダンジョンでいこう」
「たいけんがた?」
勇者が首を傾げた、その瞬間。
――ズン。
足元がわずかに揺れ、前方の扉が開く。
中から現れたのは、
フル装備……だが、どこか構えが大げさな魔族。
「第2ステージ、ガード役を務めます!」
「……あれ、君」
勇者が目を細める。
「前回、30秒で倒した人だよね?」
「は、はい!」
魔族は震えながらも、ポーズを取った。
そして、叫ぶ。
「今回は! 負け前提です!!」
「え?」
「ですが! 見せ場はあります!!」
勇者が、吹き出した。
「ははっ、何それ」
戦闘が始まる。
魔族は無駄に派手に攻撃し、
勇者はそれを軽くいなす。
だが――
「お、今の連携、ちょっと良かったな」
「ありがとうございます! そこ、見せ場でした!」
会話が成立している。
最後、魔族は膝をつき、
剣を胸に当ててこう言った。
「どうか……評価を……!」
勇者は少し考えてから、親指を立てた。
「うん。前より楽しかった」
魔族は、その場で泣いた。
倒されながら泣いた。
「……魔王」
「なんだ?」
一応格を見せつけておく。
「これ、続くの?」
勇者がダンジョンの奥を見ながら言う。
「次も、何かある感じ?」
「あるとも」
俺は笑った。
「次は、少し難易度を上げる」
「いいね」
勇者は剣を肩に担ぎ、歩き出した。
「せっかくだし、最後まで付き合うよ」
その背中を見送りながら、俺は確信した。
――いける。
勝てなくても。
倒せなくても。
楽しませれば、足は止まる。
こうして、
魔王城の第2娯楽は、
予想以上の手応えと共に幕を開けた。
