どうせ勝てないので、魔王は勇者を楽しませることにしました~第30娯楽~

どうせ勝てない魔王

魔王城は、静かだった。

崩れたわけではない。
燃えたわけでもない。
ただ――主を失った建物のように、呼吸を止めていた。

玉座の間に、玉座はない。
魔王が座る場所だったそこは、最初から何もなかったかのように、空白だけが残っている。

城の外。
広場に仮設された裁定台。

そこに並ばされていたのは、二人だった。

一人は、魔王。
そしてもう一人は――かつて勇者と呼ばれた者。

鎖は軽い。
逃げられないためのものではなく、見せるための鎖だった。

「――魔王と、元勇者を同時に裁く」

宣告が響く。

理由は明確だった。

魔王は、世界の秩序を乱した。
勇者は、世界の思想を揺るがした。

どちらも、“存在そのものが危険”だと判断された。

「これにより、世界の思想は守られる」

淡々とした声。
そこに感情はない。

魔王は、黙って空を見ていた。
自分が守った子どもたちの顔を、思い出している。

元勇者は、唇を噛みしめていた。
剣を振るうことでしか、世界と向き合えなかった自分を。

「――次代の勇者を選別せよ」

命令が下る。

人々はうなずく。
疑問は出ない。

疑問を持たないことこそが、この世界の強さだった。

「そして――」

最後の命令。

「魔王城を破壊せよ」

その言葉が告げられた瞬間、
魔王は、初めて目を閉じた。

自分の城ではない。
そこに逃げ込んできた人間や魔族が、ようやく“居場所”だと思えた場所。

元勇者は、魔王を見た。

「……すまなかった」

それは、勇者としてでも、裁かれる者としてでもない。
ただの、一人の人間の言葉だった。

魔王は、微かに笑った。

「後悔できるなら……君は、まだ勇者だ」

裁きは速かった。
必要以上の言葉はない。

二つの命は、同時に終わる。

怒号も、悲鳴もない。
世界は、静かに正しさを取り戻した。

その背後で――
魔王城が、命令通りに破壊されていく。

石が崩れ、壁が砕け、
かつて誰かを守った場所が、歴史から消される。

誰も、それを止めない。

だが。

瓦礫の向こうで、
子どもたちは、確かに覚えていた。

あの城に、
敵ではなく、居場所としての魔王がいたことを。

そして――
再建される城は、もう“魔王の城”とは呼ばれない。

それでもそこには、
魔王の意志だけが、確かに残る。

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