魔王城は、静かだった。
崩れたわけではない。
燃えたわけでもない。
ただ――主を失った建物のように、呼吸を止めていた。
玉座の間に、玉座はない。
魔王が座る場所だったそこは、最初から何もなかったかのように、空白だけが残っている。
城の外。
広場に仮設された裁定台。
そこに並ばされていたのは、二人だった。
一人は、魔王。
そしてもう一人は――かつて勇者と呼ばれた者。
鎖は軽い。
逃げられないためのものではなく、見せるための鎖だった。
「――魔王と、元勇者を同時に裁く」
宣告が響く。
理由は明確だった。
魔王は、世界の秩序を乱した。
勇者は、世界の思想を揺るがした。
どちらも、“存在そのものが危険”だと判断された。
「これにより、世界の思想は守られる」
淡々とした声。
そこに感情はない。
魔王は、黙って空を見ていた。
自分が守った子どもたちの顔を、思い出している。
元勇者は、唇を噛みしめていた。
剣を振るうことでしか、世界と向き合えなかった自分を。
「――次代の勇者を選別せよ」
命令が下る。
人々はうなずく。
疑問は出ない。
疑問を持たないことこそが、この世界の強さだった。
「そして――」
最後の命令。
「魔王城を破壊せよ」
その言葉が告げられた瞬間、
魔王は、初めて目を閉じた。
自分の城ではない。
そこに逃げ込んできた人間や魔族が、ようやく“居場所”だと思えた場所。
元勇者は、魔王を見た。
「……すまなかった」
それは、勇者としてでも、裁かれる者としてでもない。
ただの、一人の人間の言葉だった。
魔王は、微かに笑った。
「後悔できるなら……君は、まだ勇者だ」
裁きは速かった。
必要以上の言葉はない。
二つの命は、同時に終わる。
怒号も、悲鳴もない。
世界は、静かに正しさを取り戻した。
その背後で――
魔王城が、命令通りに破壊されていく。
石が崩れ、壁が砕け、
かつて誰かを守った場所が、歴史から消される。
誰も、それを止めない。
だが。
瓦礫の向こうで、
子どもたちは、確かに覚えていた。
あの城に、
敵ではなく、居場所としての魔王がいたことを。
そして――
再建される城は、もう“魔王の城”とは呼ばれない。
それでもそこには、
魔王の意志だけが、確かに残る。
