勇者は発情中~第三十五エロ ヌルヌル登場~

勇者は発情中

 ――ともっ。もふとも……

 遠くから声がする。

『あれ?アタイ今みんなと一緒にいたんじゃなかったっけ?』

 困惑しながらもふともが辺りを見渡すと、村人と行商に確かに囲まれている。

 何やら王の手とか吸収スライムの話しをしているのが耳には入ってきているが、もふともの脳が理解していない。

 それよりも、もふともには自分の耳に聞こえる自分の名前を呼ぶ謎の声の方が気になる。

 どうやらその声はもふとも以外には聞こえていないようだ。

 ――もふとも。もふとも。聞……こえる?

『まただ。なんなんだいこの声は』

 もふともの心の声が聞こえているのか、返事をした。

 ――俺だよ。ヌルヌルだよ。

『は? ヌルヌル? なわけないだろ。ヌルヌルはもうずっと前に死んだんだよ。アタイの目の前でね……』

 ――その通り。俺は死んだ。

『え? あぁそう。ってゆーかアタイの心の声聞こえてるわけ?』

 ――どうやらそのようだな。俺のことが信用できないならどこでどんな風に死んだのかも詳しく話せるぞ。

『い、いや。そんなの今更思い出したくもないよ。それよりもこれは一体どういうことなんだい?』

 ――これとは何のことだ?

『アンタが死んだヌルヌル本人だとして、どうして死んだやつとアタイが会話できてるのさ』

 ――それはこの沼が死後の世界への入り口だからだよ。

『死後の世界ぃ? アンタ死んでから頭がおかしくなっちまったのかぃ?』

 ――君は俺を信じないのだね。

 ヌルヌルが悲しそうな声を出す。

 その声が、言い方がもふともの胸を締め付けた。

『あいつが死んでからもう何年も経つのに。一度も忘れたことはない。あいつは寂しい時や悲しい時にこういう言い方をするやつだった……』

 ――ありがとうもふとも。俺のことをそこまで覚えててくれていたんだね。

『アっ。アタイの心を勝手に読むんじゃないよ!』

 ――仕方ないだろ?聞こえてしまうのだから。それよりももふとも、事態は一刻を争うようだ。この沼は死後の世界と言ったね。正式には死の世界と言った方が正しいかもしれない。まぁ言い方はどちらでも構わない。大事なのはこちらの世界に来てしまうと、そちらの世界に戻れるかわからないということだ。それにこっちに来たからと言って必ず俺に会えるかどうかもわからない。それでもこっちに来てくれるかい?

『当たり前だろう?アタイはずっとアンタと一緒にいるって誓ったはずだよ?』

 ――そうか。ありがとう。俺がどれだけのことをできるのかはわからないけれども、できるだけサポートをするつもりだから。

 その言葉を聞いたもふともは死の世界へ行く決心をした。

 ちょうど、助態たちが死の世界へ足を踏み入れるか吸収スライムと戦うかの選択を迫られているところだった。

 ちあが沼を進むのも不気味だと言っている。

「大丈夫だよ」

 もふともが発言すると、全員の視線がもふともに集まった。

 ●

「だ、大丈夫ってもふとも?」

 助態が戸惑いながらもふともを見る。

「いいから行くよ!」

 詳しい説明は後からすればいい。そう考えてもふともは助態の手を引っ張った。

 そのまま2人は沼へと足を踏み入れる。

 他のメンバーは取り残されかのように呆然と立ち尽くしていた。

「早く追うのじゃ!」

 ハッとしたちあが、ティーパンの背中に飛び乗って言う。

 その言葉を聞いて全員が助態ともふともを追いかけた。

 その様子を王の手の手下である行商が、不敵な笑みを浮かべて見送った。

 ――これで勇者はこっちの世界には戻ってこれまい……

 不気味な言葉を残して行商は吸収スライムと共に姿を消した。

 不思議なことに沼の水や泥は体に纏わりつかなかった。

 少しずつ沼の底へと進んでいることだけは分かる。助態ともふともは既に首元まで沼に使っている。

「待ちな!」

 追いついたティーパンが助態の手を引く。

「本当に大丈夫なのかい?」

 ティーパンがもふともに問う。

「大丈夫。アタイの一番信頼できるツレが沼の先で待ってるから。ただ、この沼は死の世界って呼ばれてるらしくてこっちの世界に戻れるって保証はないらしい。王の手ももういないみたいだし、アンタらはこのまま引き返してもいいよ。アタイは向こうの世界に行くけどね」

 沼にもう王の手と吸収スライムがいないのを見てもふともが言う。

「俺もついていくよ。もふとも1人じゃ危険だし。どうせ元々この世界の人間でもないからな」

 助態がもふともの手を強く握りしめる。これで、もふともが断って1人で死の世界へ行くことを防げるというわけだ。

「アホだねぇ。勇者1人で行かせるわけないだろ?死の世界だって?面白いじゃないの。私もついていくわ」

 ティーパンが大刀を肩に担いで先頭に出る。

「私は元々助態と一緒に居るって決めてるから」

 くびちも前へ出る。

「ちあもじゃ!」

 ティーパンの背中からちあが顔を覗かせる。そのまま助態の背中へと移った。

 やっぱりこっちの方が安定するのー。なんて言っている。

「ウチもお供するっすよ」

 フンっと鼻から息を出してぱいおが言う。なぜか興奮しているが、死の世界にはかつて死んだ何とかというガチムチがいるんだとかなんとか言っていた。

「私達も一緒です」

 純純とルブマも一緒に行くと言い、結局は全員で死の世界へと行くこととなった。

『なんだかなぁ』

 もふともは、自分だけかっこつけた感じになってしまい、急に恥ずかしくなった。その上、異性と手を繋ぐのはヌルヌル以来のことだ。

 ――いい仲間だな。

 ヌルヌルにまで茶化されてしまった。

 ●

 沼を進んで、顔まで沈むと急に世界が反転した。

 今まで地面を歩いていたはずの助態は急に空を歩いていた。

「!」

 これは他のものも同じで、そのまま地面に真っ逆さまに落っこちた。

 幸いにも、全員が助態の上に落っこちたので誰も怪我することはなかった。

「お……重い……」

 この言葉で助態は全員から殴られた。

「本っ当に助態さんはデリカシーがないっすよね!」

 重かったのは自分の胸のせいだとでも言いたげに、自分の胸を持ち上げながらぱいおがくびちに言う。

 そ、そうね。とくびちは苦笑いをするしかなかった。

「ここが死の世界――」

 辺りを見渡しながら助態が呟く。

 まるで夕暮れと思わせるオレンジの空に、石畳でできた道、きっちりと整理されている家家。寸分違わず全く同じ区画に全く同じ高さで木造の家が立ち並んでいる。

 おそらく家だけでなくお店などもあるのだろう。

 行き交う人たちは、人間に角が生えた生き物ばかり。

 生身の人間は助態たちだけなので、ジロジロ珍しいものを見るかのように見られるが、あえて声をかける者はいなかった。

 そして、宙に浮いている行燈。

 行燈は等間隔に並んでいる。

「さて。これからどこに行くかを決める前に話を聞かせてくれるかな?」

 ティーパンがもふともを見る。

「あぁ。」

 全員の視線が集まり、助態と手を繋いでいたことを強く意識したもふともは恥ずかしさのあまり、手を振りほどきながらヌルヌルとの会話を説明した。

「つまり――」

 話を聞き終えたくびちが口を開く。

「あなたが大好きだったヌルヌルという男性は過去に死んでいて、そのヌルヌルが声をかけてきたからここまで来た。そういうこと?」

「え、まぁ。めっちゃ簡単に言うとそうなるかなぁ」

 やや気まずそうにもふともが言う。

「めっちゃ怪しくないっすか?」

 ぱいおがズバリ言う。

 それは今改めて考えるともふともも怪しいと思っている。

 あおの時は気が動転してて怪しむことをしなかったが、今に思えば敵の罠だった可能性の方が高い。

 それに――

「すまない。もしかしたら敵の罠かもしれない。こっちの世界に来てからヌルヌルの声がしなくなったんだ」

 もふともが素直に非を認める。

「とりあえず、飯を食わないか?」

 気まずい雰囲気を変えるために助態が提案する。

「いいっすねー。ウチもう腹ペコっすよー」

 お腹を擦りながらぱいおが言う。

「ちあは肉が食べたいのじゃ」

「お子ちゃまはおっぱいでも飲んでるがいいっすよ」

 ちあがリクエストを言うとぱいおがすかさず茶化した。

 自分の胸を再び持ち上げている。

 なんじゃと!とちあが怒るが、巨乳好きの助態がこれに反応した。

「え。じゃあ俺もぱいおのおっぱいで」

「勇者様!」

 いつものように純純が助態を殴って突っ込む。

『なーんで声が聞こえなくなったのかねぇー?』

 いつも通りの光景を見て安心しつつ、もふともが考える。

 あの声は確かにヌルヌルだった。それに話し方や雰囲気もヌルヌルだった。

「おーい」

 そんなことを考えていると、前方から聞き覚えのある声がする。

 もふともの胸に懐かしさがこみ上げてくる。

「誰かしら?」

 くびちが訝しみ、ルブマがその隣でさぁ。と首をひねる。

「ヌルヌルだ!」

 嬉しさと懐かしさのあまり、普段出さないような黄色い声を出しながらもふともはヌルヌルの元へと駆けて行く。

「もふとも! 久しぶり。って言うのも変だけど久しぶりだね。で、こちらのみんなが今の君のお仲間かい?」

 にこりと微笑みながらヌルヌルが言う。

『あぁ――ヌルヌルだ。少しのんびりとした話し方、誰に対しても分け隔てなく気さくに話しかける話し方、間違いなくヌルヌルだ。』

「ふぅん。角が生えているのは死んだ人間だからかい?」

 ヌルヌルを観察していたティーパンが問う。

 同時に、どこも怪しいところはなさそうだね。と付け加えるが、そもそもこの世界の生き物を見たことがないので、怪しいかどうかは不明だ。もふともの手前、そう付け足したのだろう。

「確かに角は生えてるけど、それ以外はアタイが知ってるヌルヌルのままだよ」

 みんなに笑顔で振り返りながらもふともが言う。

 これにはみんなが固まった。

 もふとものこんな表情を見たことがなかったからだ。

「急にアンタの声が聞こえなくなったもんだから、アタイは敵の罠じゃないかとおもったよ」

 そう言いながら笑顔でもふともがヌルヌルを小突く。

「あぁ。声が聞こえなくなったのは、君たちがこっちの世界に来たからだと思う。俺が聞いた話しだと、死の沼の近くにいる人間とこっちの世界の住人の気持ちが通じ合っている場合にのみ、声が聞こえるとかなんとか。いや~もふともがずっと俺のことを想っていてくれていたなんてビックリだよ~」

 あっはっは。と笑いながらヌルヌルが声が聞こえた理由と聞こえなくなった理由を説明した。

 もふともは、馬鹿。と言いながら頬を染めた。

「な、なんか。もふともさん乙女になってるっすよ?」

 戸惑いながらぱいおが助態にひそひそ話す。

「あぁ。普段は女を捨てているような奴なのにな」

 ひそひそと助態も返す。

「それにしても見ない間に君は服のセンスが変わったねぇ。」

 ビキニのような姿を見てヌルヌルが言うともふともが恥ずかしそうに、両手でふとももの辺りと胸の辺りを隠した。

「違っ、これは違う。ちょっとぱいお上着貸しておくれ」

 無理やりにぱいおの服の上着を剥ぎ取った。

「いやーん。もふともさんったら強引なんすからぁ~」

 ぱいおが色っぽい声を出すが、それに反応したのは助態だけだった。

 そしていつものように助態は純純に殴られている。

「ヌルヌル。アタイのことはいいから飯屋に案内してくれないかい?」

 昔の自分と比較されるのを避けるようにもふともが話題を変える。

「話し方とかも変わったねぇ。変わらないのは俺へと気持ちだけかー」

 相変わらずもふともの昔との違いをヌルヌルが話していると、恥ずかしさのあまりもふともは顔を真っ赤にして、両手で顔を覆ってしまった。

「申し訳ないんだけどさ。2人の再会の話しとかは今夜にでも2人きりでやってもらってもいいかな?私たちはとりあえずご飯を食べてその後この世界から出る方法を探さないといけないんだ」

 話しが全く進まないのを見てティーパンがヌルヌルに言う。

「申し訳ない。嬉しくてつい」

 笑顔でヌルヌルが応え、みんなをおすすめのごはん屋さんへと連れて行ってくれた。

 ●

「珍しい食べ物じゃな」

 ちあがご飯屋さんで助態に言う。

 隣で助態も頷く。

 見た目は蕎麦だ。しかし色は白い。白い蕎麦があればそれが近いのだろうが、味は全くせずのどごしも悪い。

 正直言って美味しくない。

 ただし――

「この汁美味しいわね」

 くびちの言う通り、ざるそばで言うところの、つけダレがとっても美味しい。

 濃過ぎず薄過ぎず、なんの出汁かは分からないが口の中にふんわりと広がる。ほどよい香りが鼻から抜ける。

「ちあは肉が食いたかったのじゃ」

 などと文句を言っているが、既にちあはおかわりをしている。

 店内も不思議だった。

 天井は高く、宙には外と同じく行燈が浮いている。

 注文を聞くのは角の生えた人間の姿をした生き物、つまりこの世界の住人だが料理を運ぶのは木でできた機械だった。昔の日本で言えばからくり人形だろう。

 更に店内には巨大な透明のガラスで覆われた箱が置かれており、その中を角の生えた魚が泳いでいる。

 一見すると水槽に見えるが中には水は入っていない。

 そして店内も外と同じ夕焼けのようなオレンジ色をしていた。

「不思議なところだねぇ」

 店内をキョロキョロ見渡しながらもふともが言うと、目の前に座るヌルヌルがくっくっと笑う。

「何がおかしいんだい」

「だって話し方が新鮮だから」

「いい加減イチャイチャするの辞めてくれるかしら?」

 くびちがうんざりして言うと、隣のぱいおも同意した。

「さすがに見てて引くっすよ」

「皆さん。そんな言い方は失礼ですよ」

 純純がさらにその隣で注意するが、その言葉にくびちがふと気がついた。

「あなた。もう純純はいいの?」

 もふともと言えば純純が大好きなレズだと言わんばかりの言い方だ。

「なななな何言ってるんだい」

 明らかにもふともは動揺している。

「それより」

 話が進みそうにないのを見てティーパンが切り出した。

「この世界から抜け出す方法を知らないかい?」

「死の世界から抜け出す方法かい?」

 ヌルヌルが驚いてティーパンを見る。

「本気で言っているのかい? 俺たちがいま居る場所は死の世界の中の死の国という場所なんだけど、死の世界どころか死の国から出る方法すら知ってる者はいないと思うよ?」

 その言葉を聞いてティーパンは、やっぱりか。と呟いた。

「ティーパンさん?」

 助態が不思議そうにティーパンを見る。

「つまりさ、あの行商は王の手の手下だったわけだろ? そして人攫いにモンスターの知識を与えていたのは王の口。王の口があの吸収スライムのことを知っていたことからも、王の手と王の口が繋がっているのは決定的だろう」

 人差し指を立ててティーパンが言う。

「吸収スライムを作って色んなモンスターを吸収させている目的は分からないけど、どうやら勇者が邪魔らしいということはわかった。でも勇者は今王の口や王の手、つまり王位モンスターに直接的に対峙しているわけじゃない」

 ここでティーパンは一度言葉を切る。

「勇者はモンスターを退治する者……」

 助態が呟き、まさか。とティーパンの顔を見る。

 ティーパンも頷いた。

「そう。吸収スライムにモンスターを吸収させたいけれど、モンスターを退治する勇者は単純に邪魔な存在だよね。でも直接敵対していないのに攻撃を仕掛けたら王位モンスターとしての矜持が失われるんだろう。他のモンスターからの信頼とかもなくなるのかもしれない。あの人攫いから聞いた古の大戦の話を聞いた限り、王位モンスターは他のモンスターに信頼されて憧れる存在だったらしいからね」

「だから、帰ってこれるか分からない死後の世界に私たちを送ったってことですか?」

 純純が結論を問う。

 ティーパンは頷いて、たぶんね。と答えた。

 生暖かい空気が全員を包んだ。

 ヌルヌル以外の全員が、この世界から抜け出す方法を見いだせずに落胆した。

 

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