勇者は発情中~第三十六エロ 死の世界の死の国~

勇者は発情中

「死の国を管理しているデスキングって方がいますけど、会ってみますか?」

 全員が落胆しているのを見て、思い出したようにヌルヌルが言った。

「アンタねぇ。そーゆーことはちゃんと言いなさいよ」

 もふともがヌルヌルを小突くと、仕方ないだろー。とヌルヌルが笑いながら答えている。

「ウチらって何を見せられてるんすかね?」

 まるでラブラブのカップルの様子の2人を見て、ぱいおが隣のくびちに耳打ちする。

「とりあえず今夜は寝ましょう? 色んなことがありすぎて疲れたわ。宿屋かなにかあるのかしら?」

 やれやれという感じでくびちがヌルヌルに提案をし、全員が泊れる宿屋に案内してもらった。

 宿屋もごはん屋と同様に、高い天井に宙に浮かぶ行燈。店内はオレンジ色だ。

『ふい~。生き返る~』

 異世界に来てから何度か温泉に入ってきた助態だったが、まさか死の世界にまで温泉があるとは思わなかった。

 男は助態とヌルヌルの2人しかいないので、同じ部屋だがヌルヌルは今温泉には居ない。

『もふともと話でもしてるんだろうな~』

 周囲を見渡すと、普通の人間は自分だけ。他に温泉に入っているのはみんなこの世界の住人たちだ。

 人間が珍しいのか、みんな助態からやや離れているが、それもこの世界に来て暫くすると慣れてきた。

『今頃女子たちも同じ感じなのかな?』

 なんて助態が想いを馳せている頃、女湯では――

「もふともさんだけ入らないってことは、絶対ヌルヌルさんとナニカあるっすよ」

 ふんっ。とぱいおが鼻息を荒げる。

「別にいいじゃないの。好きにさせておきなさいな」

 くびちが長くて赤い髪の毛をお湯で流しながら、心底どうでもいいという言い方をする。

「まぁ結局は2人の問題だからね。長年思いを寄せていた相手だ。それがどんな理由かは分からないが死別してしまい、何の因果か再開できた。感動しないでいろという言う方が無茶だろう」

 その隣でティーパンが豪快に体を洗う。

 ただ。と話を続けた。

「このままもふともの気持ちがヌルヌルのところから離れないならば、私たちはちょっと考えなければいけないね」

「何をっすか?」

 胸の間を念入りに洗いながらぱいおが訊ねる。

「分からんのか牝牛」

 ぱいおを挟んでくびちと反対の隣に座るちあが口を挟む。

「ボーボー男女は、あのヌルヌルが好きなのじゃろ? ちあたちはこの世界から抜け出したいがボーボー男女はこの世界に居たいんじゃないのか?」

 ツルツルペタペタの体を隠すことなくすくっと立ち上がると、逆隣りのルブマを無理やり立たせた。

「わっ、な何をするんですか」

 そのまま万歳をさせ、ルブマの胸が相変わらず自分の胸と同じサイズなのを確認した。

「相変わらずちあと同じ大きさじゃの」

 ニヤリと笑われて、ルブマはいつもの言い訳をした。

「これはアーチャーの宿命なんです! 胸があると弓を引き辛いんです」

 ふっ。とちあが憐れみの笑みを見せると、何ですかその笑い方は! と怒り出し、ちあとルブマの追いかけっこが始まった。

「さっきの話しですけど」

 ルブマの隣で体を洗い終わった純純が、先ほどの話しの続きをする。

「もふともさんがもしも私たちと一緒に来ることを拒んだ場合、私たちはどうすればいいのでしょうか?」

 この言葉に全員の動きが止まり、みんなの視線が純純に集まった。

 追いかけっこをしていたルブマとちあまでもが純純を見る。

 やがてティーパンが口を開く。

「それを決めるのは私たちじゃないね。勇者ともふとも本人だろうね」

 そう言い残して湯舟に浸かった。

「それもそうね。私たちが心配してもしょうがないわ」

 くびちも湯舟に向かう。

「まー。もふともさんがウチらとの冒険を辞める覚悟だけはしておいた方がいいっすね」

 ぱいおはわざとらしく胸を持ち上げながら湯舟に向かった。

「ボーボー男女がいなくなるのは少し寂しいがの」

 ふん。とちあが鼻を鳴らす。

「助態さんはもふともさんの意見を優先しそうですね」

 ちあに手を引っ張られながらルブマが純純に言う。

「そうですね。それが勇者様ですから」

 一人洗い場に残された純純が呟き、すくっと立ち上がってみんなが入っている湯舟にゆっくりと歩き出した。

 湯舟では笑顔でちあとぱいおがお湯のかけっこをしており、それを咎めるくびち、あわあわしているルブマ、そして我関せずでゆったりと浸かっているティーパンが居た。

 そして純純の目には、本来はいないはずの、もふともがお湯をかけられて怒っている姿も見えていた。

 純純が体を洗っていた場所には、純純が零した呟きが残った。

 ――もふともさん。私たちはもふともさんの幸せを願っていますよ。

 ●

 死の世界に夜はこない。

 朝もこない。

 朝、昼、晩という概念がないのかもしれない。

 ずっと夕焼けのようなオレンジ色の空をしている。

『夕暮れか……あの時と一緒だな』

 そんなことをもふともが考えていると、背後からヌルヌルがやって来る気配がする。

 昔からそうだった。もふともはどこにいてもヌルヌルが近くに来るとなぜか分かった。

「相変わらずだな」

 声をかける前に振り向いたもふともを見て、ヌルヌルが微笑む。

「ここが死の国だって言ってたよね?」

 いつもとは違う話し方でもふともが話す。

「あぁ。死の世界の死の国という場所だよ。どのくらい広いのかは分からないしデスキングに会ったから何ができるというわけでもないけれど」

「私は別に――」

「もふとも」

 何かを言おうとするもふともの言葉をヌルヌルが遮る。

 いつもそうだ。

 もふともが言い辛そうな言葉を言いだそうとすると、その言葉をヌルヌルは言わせない。

 もふともがヌルヌルの気配が分かるのだとしたら、ヌルヌルはもふともの言おうとしていることが分かる。

 それほどまでに2人の距離は近く、信頼感があり、良き理解者だった。

「俺たちが離れてから――いや、俺が死んでからどれくらいが経ったんだろうな」

「そうだねー。結構経ったよね」

 顎に人差し指を当てて何かを考える仕草をしながらもふともが答える。

 これまた普段のもふともとは違う仕草だったが、ヌルヌルにとってはいつものもふとものようだ。

「変わらないなもふとも。今の仲間の前では別人のようなキャラだが?」

「ヌルヌルが死んでから、私はどうすればいいのか分からずにいたんだよね。死んだ男のことを忘れた方がいいと言って言い寄って来る男がわんさかいたよ。いちいち断るのもめんどくさくてさ、あんなキャラになってたらそれが定着しちゃったんだよねー」

 私にはヌルヌルしかいなかったしね。とボソリと付け足した。

「今は充実してるように見えたけど?」

 自分しかいない。という言葉を聞いて意外だと感じてヌルヌルが言う。

「んー」

 再び顎に人差し指を当てながらもふともが少し考える。

「確かに今は充実してるんだと思う。ヌルヌルが死んでから色々あって女1人で生きて行くために身に着けたスキルが盗みの技術なんだけどさ、今はそのスキルがほとんど必要ない。でも1人でいた頃よりは笑顔も増えたし仲間には感謝してる。でもヌルヌルに再開したら忘れてた感情が爆発したっていうか……」

 ポトリ。

 もふともの目から一粒の雫が垂れ落ちる。

「なんでこんな時に?」

 押し止めていた感情が溢れる。

「やっと前を向けると思ってたのに……もう一度会ってしまったらもう進めないよ……私はもう……」

 ここから先は言葉にならなかった。

 もふともは崩れ落ち、ヌルヌルは傍でもふともの肩に手を置いて泣き止むのを待った。

 数分が経つともふともは落ち着きをとりもどした。

「これからの話をしよう」

 もふともが落ち着いたのを確認してヌルヌルが再び口を開いた。

「私の正直な気持ちを言ってもいい?」

 もふともが上目遣いで小首を傾げる。

 ドキン――

 ヌルヌルの心臓が跳ねる。

 離れてから何年も経っているはずなのに……

「私はずっとここに居たい。ヌルヌルと共に……」

 ヌルヌルは久しぶりの感情に気持ちが揺らぎそうになる。

「俺は――」

 俺だって同じ気持ち。

 そう言えたらどれだけ楽か。

 しかしここは死の国。

 死者だけの国。

 生きた者が本来居られる場所ではない。

「反対だ」

 自分の気持ちを抑えて理にかなった答えをヌルヌルが言う。

「分かってるよ。自分が言っていることがおかしなことだってことくらい。でもね……」

 もふともはここで言葉を切る。

 顔を伏せて、目を拭うような仕草をしてから真っ直ぐにヌルヌルを見つめる。

「理屈じゃないんだよ」

 もふともがヌルヌルに詰め寄る。

「私は!」

 ヌルヌルの両手を取りながら更に詰め寄る。

「ヌルヌルと一緒に居るためなら命すら惜しくない!」

 とどめの一言だった。

 辺りを静寂が包んだ。

「……わかった……君の意見を尊重しよう……」

 もふともの覚悟を知って、ヌルヌルにはこう言う他なかった。

 ●

 翌朝、前回食事をした店で今後のことを話しあうことにした。

「私は今すぐにでもデスキングとやらに会うべきだと思うけどねぇ」

 得体の知れないオレンジ色の硬そうな肉を噛みちぎりながらティーパンが意見する。

「ちあも賛成じゃ」

 ずずずーっ。と昨日のそばのような物のスープをすすりながら、ちあもティーパンの意見に賛成する。

「そうですね。一日でも早くこの世界から抜け出すべきだと私も思います」

 紫色の葉っぱが入った、匂いの濃い紅茶のような物を飲みながら純純も頷く。

「そのデスキングという方は、いつでも会える方なんですか?」

 男の下半身のような形をした青色の謎の食べ物を食べながらルブマが問う。

 その様子を見てぱいおは、よくそんなエロい物食べられますねー。と言いながらも自分は男の胸を想わせる形をした真っ赤の謎の食べ物を食べていた。

 どちらもどうやら物凄く硬いようで、食べるとシャリシャリ音がする。

「これはきっと舐めて溶かすのよ」

 そう言ってアンアンは、ルブマと同じものを色っぽく舐める。

「ふぇぇー? 飴みたいな感じですか?」

 キョトンとしてルブマが真似しようとしたのをぱいおが止めた。

「そんな訳ないじゃない」

 そう言いながらくびちが食べている物は、蛇を思わせる細長くてグネグネしている黄色と茶色の縞々模様の食べ物だ。

『みんなマジでよくこんな得体の知れないもの食えるな…』

 みんなが食べている物を見ながら助態は感心する。

 どっからどう見ても食べ物ではないようにしか見えない。

 助態の目の前には、何の角か分からないが角をカリッと揚げた物の上に、血を思わせるドロッとした赤い液体がかけられて、それが紫色のスープに浮かべられている。

 実にグロテスクな食べ物に見える。

「食べないのかい?」

 手を付けていない助態を見て、ティーパンが食べるように促す。

「食べれる時に食べた方がいいぞ。いつ食べれるか分からんのだからな」

 ブチリと肉をオレンジ色の肉を口で引きちぎった。

「あんまり美味しくはないけどね。ところで、さっきのルブマの質問だが、そのデスキングにはいつでも会えるのかい?」

「そもそもいる場所を知ってるんですか?」

 ティーパンの質問に被せるように助態も質問を投げかける。

 そして、出されたグロテスクな食べ物に手を付けた。

 味は見た目ほど悪くはなかった。

 決して美味しくはない。しかしまずくもない。

 見た目は最悪だが味は普通。

 これが素直な助態の感想だった。

『なんだかヘンテコな気分になりそうだ」

 目を閉じてもう一口。

『うん。これならいける』

 助態は得体の知れない食べ物の食べ方を得た。

「デスキングの居場所なら知っているよ。それもここからかなり近い。ただねぇ…」

 ここでヌルヌルは言葉を切る。

 何やら言いにくそうだ。

「とても怖い方なんだ。厳しい方でもあるし、会うのはまず男のみ。そしてこの世界から出る方法を聞く代わりに全てを失う覚悟をする必要がある……」

「この国から出る方法を教える代わりに対価を払う必要があるということか」

 ヌルヌルの話を聞いて、考え深げにティーパンが言うと、そうです。とヌルヌルが頷いた。

「全てを失う……か――」

 何を失うのか考えながら助態が呟くと、その呟きを聞いて、今まで黙っていたもふともが異を唱えた。

「わ、アタイは反対だよ」

 全員の視線がもふともに集まる。

 この前沼で、もふともが死の国へ行くと発言した時と同じような状況だった。

「もふともさん?」

 驚いて目を丸くしながら純純がもふともを見る。

「全てを失うってそれだけリスクがあるってことだろ? そんな危険を冒さないで別の方法を考えればいいだろう? この世界だって広いって言うじゃないか。だったらこの世界を全員で冒険しながら脱出する方法を探した方がいいだろう?」

 もふともがもっともらしい意見を言うが、全員が分かっている。それは少しでも長く子の世界に居たいというもふともの願望が強く出ている意見だということを。

「もふともさん。それはもふともさんがヌルヌルさんのことをす」

「ぱいおっ!」

 核心を突こうとしたぱいおを鋭く厳しくくびちが注意する。

「残念ながら」

 気まずい空気を壊すようにはっきりとティーパンが口を開く。

「今の私たちにはのんびりしているような時間はないんだよ。」

 そう切り出してティーパンが現状を簡単に説明し出した。

 ●

 王の手と王の口が手を結んで新種のモンスターを生み出そうとしている。

 その目的は不明だが、古王の復活が最終目的であることは明白。

 新種のモンスターが人類にどのような影響を与えるかは不明だが、モンスターが活発化しているという情報があり、活発化したモンスターと王の口や王の手が手を組んで人間の街などを攻撃しないという保証はない。

 モンスターに占拠された街もすでにあるという報告がある。

 時間が経てば経つほどモンスターに占拠される街が増える可能性が高い。

 そもそもここは死の国。生きている人間がこの世界に居ることでどのような影響があるかも分からない。

 最悪の場合には、長居をすることで死んでしまう可能性だってある。

 これらの危険性を考慮した時、ゆっくりとこの世界を呑気に歩き回っている時間はない。

 とティーパンは締めくくった。

 反論すらできないティーパンの正論に、もふともは文字通りぐうの音も出なかったようだ。

 しかしこのことがもふともの決意を固めてしまうことは、今の誰にも知る由はなかった。

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