水色の牛との戦闘を終えた少女勇者とラッカーとアイナの3人は、街道を再び歩いていた。
あれから大きな戦闘はなく、再び3人は退屈さを感じていた。
「なんか暇っすね」
口に出したのはラッカーだ。
両手を頭の後ろに組んでいかにも暇そうにしている。
「平和ってことよ」
確かに暇だが、名目上は勇者なので少女勇者は勇者らしい発言をする。
「でも何もないと私たちが居る意味を見失いそうです」
恐ろしいことをアイナは考えているようだ。
「じゃあさ、アイナは役立ちそうな薬草を探して?」
道中には、少女勇者には分からない草がたくさん生えている。
中には役立つであろう薬草もあるかもしれない。
「はい!」
自分の役割を見つけられたからか、アイナが笑顔で応える。
「俺も何かないっすか?」
ラッカーが自分も何かやる事欲しそうに言う。
「ラッラッカーは……」
詰め寄られて少女勇者が視線を左右に泳がせる。
「さ、索敵!」
ラッカーのやることが見つからず、苦し紛れに適当に少女勇者が答える。
「おぉ! 索敵っすか!」
これがラッカーには大ハマりしたようだ。
喜んで意気揚々とモンスターを探し始めた。
こうして平和で退屈な道中が更に退屈なものとなっていった。
●
「何なのこいつ!」
少女勇者がラッカーに怒る。
「大猪っす!」
巨大な牙を持つ巨体な猪に追いかけられながらラッカーが言う。
索敵をしていたにも関わらず、不意打ちを食らったことでラッカーは少女勇者に怒られている。
しかしラッカーもぼーっとしていたわけではない。
キラーボア――通称大猪――は、人間よりも目がよく人間よりも速い。
加えて強力な突進は、一般の人間であれば良くても大けがをする。最悪の場合には命を落とすこともある。
「一般的には水色の牛よりも強いって言われてますー」
大猪の突進を間一髪、しゃがんで避けながらアイナが説明する。
「水色の牛と戦った時みたいに、モンスターが嫌がる香りの薬品は作れないの?」
少女勇者がアイナに問うが、あの薬品を作れた香草がこの辺には生えていないらしい。
「逃げるしかないっすよ!」
はやくはやくと、前方で手招きしながらラッカーが言う。
「幸いにもこいつは真っすぐにしか突進できないっす」
というラッカーの言葉を信じて、少女勇者、アイナ、ラッカーの3人はジグザグに走る。
ラッカーの言う通り大猪は、真っすぐにしか突進攻撃は繰り出せないようだ。
しかし――
大猪の攻撃は突進だけではなかった。
大きく力強い前足で地面を踏みつけると、大きな地響きが起こった。
「うわ、わ、わ……」
地響きは長くは続かないが、その間は先ほどのように素早く動いたり方向転換したりするのが難しかった。
そこを大猪は狙って再び突進攻撃を仕掛けてくる。
狙いは少女勇者だった。
咄嗟に盾を構えてガードするが、真後ろに吹っ飛ばされる。
後ろの木にぶつかり息が止まる。
「ぐっ、はっ」
急いで空気を肺に送ろうと呼吸を焦るせいで、尚更上手く息が吸えなくなる。
衝撃と酸素不足で視野が狭まる。
狭い視野でも大猪がとどめを刺そうとしているのが見える。
『早く呼吸をして逃げないと……』
その考えが余計に慌てて上手に呼吸ができなくなる。
まるで溺れている人のように。
「こっちだ!」
ガンガンガンという金属を打ち鳴らす音がする。
ラッカーが大猪の意識を自分に向けようとしてくれているのだと分かる。
「勇者さん。大丈夫ですか?」
そのすきにアイナが少女勇者の隣に来て背中をさすってくれる。
落ち着いた少女勇者がゆっくりと息を吸った。
「ありがと」
ようやく落ち着きを取り戻した少女勇者がアイナにお礼を言って、前を見据える。
大猪の気を引いたラッカーが今度はピンチに陥っていた。
「ラッカー。こいつの情報はもうないの?」
前回は、モンスター豆知識という本で水色の牛の情報を教えてくれた。
あまり役に立たないとは思うが念のために少女勇者がラッカーに訊く。
同時に背後から大猪に切りかかる。
「突進攻撃が真っすぐってことしか知らないっすよー」
大猪の牙を手で掴みながら苦しそうにラッカーが言う。
大猪は背後から切られたにも関わらず、攻撃をラッカーにすると決めているかのようにラッカーを大岩に押しつけながら、徐々に牙をラッカーの顔へと近づけていった。
「ラッカーを離しなさない!」
何度も切りつけるが分厚い脂肪に守られているためか、ダメージはほぼなかった。
「できました! 勇者さん、ラッカーさん、避けてください」
そう言うとアイナは赤い液体の入った小瓶を投げた。
間髪入れずに少女勇者は避けるが、大猪と大岩に挟まれているラッカーは避けられない。
「避けろって無茶だよー」
毒づく元気はあるようだ。
赤い液体の小瓶は小さな爆発を起こして、腐った卵のような匂いを辺りにまき散らした。
「モンスターが逃げる匂いじゃないけど、これもモンスターが嫌がる匂いの1つです」
アイナが説明するが、モンスターだけじゃなくて、人間でも嫌がる匂いだと少女勇者は思った。
「ぐおっ。何すかこの匂いはっ!」
案の定ラッカーが匂いで苦しんでいる。
しかし匂いのおかげで大猪もその場を離れて、結果的にラッカーは助かった。
小さな爆発も、少女勇者の切りつけ同様に分厚い脂肪に守られてほとんどダメージは無いようだ。
「グルルルル」
獲物を逃したからなのか、大猪の目に怒りの色が見える。
「ちょっとやばいかなー?」
少女勇者の額に冷や汗が流れる。
●
大猪は怒り狂って突進攻撃と地響き攻撃以外の攻撃を見せた。
全身の毛を逆立てて身震いをする。
今3人と大猪との間は5歩分くらいの距離がある。
「なんかヤバい感じしない?」
少女勇者がラッカーとアイナに言うと、2人も同意した。
「もう少し距離を取りましょう」
アイナの提案で、じりじりと少しずつ後ずさりをする。
ざわざわっと音がしそうな感じで、大猪が大きく身震いをすると毛が何本も宙に浮かび、3人目がけて飛んだ。
まるで何百という針が飛んできているかのような感じだった。
「避けろ! 毒だ!」
たかが毛だろうと舐めていた3人を注意するかのように、鋭い声がかかる。
間一髪、全員が毛を避ける。
どうやら飛ばした毛は毒が含まれているらしい。
「大猪は体毛の一部に毒を含む。有名な話だ」
眼鏡をかけた青年が3人の前に立って言う。
しかも両手を腰に当てて先生や親が怒るような仕草で。
「ぼくはセラノ。見たところ勇者だよね? なんでモンスターの知識がないんだい?」
困惑したようにセラノと名乗った30過ぎくらいの細身で長身の壮年が言う。
そう言いながらも、茶色いカバンを漁っている。
「これは、異次元のカバンと言ってね。ぼくが持つ物の中で最も価値があるかな。その名の通りこれさえあれば他は手ぶらでいられる。カバンに入るサイズの物ならば何でもいくらでも入れることができるからね」
そう言いながら一冊の本を取り出す。
「そしてこれは刃の本。ページを破ると破ったページが鋭く硬くなる。まるで刃物のように扱える。これがあればナイフも必要ないのさ」
ベリベリベリ。と本のページを破って得意気に言うが、何だか危ない人に見えなくもない。
「えーと?」
ラッカーなんか混乱しているようだ。
「私たちを助けてくれた恩人だよ」
そう言いながらも少女勇者はラッカーの影に隠れている。
「今のぼくたちでは大猪は倒せないからね。手傷を負わせて逃げるんだ。悪いが援護してくれないか?」
不審者扱いされているにも関わらず、それに気づかないのかセラノがラッカーに頼む。
「え、あぁ。いいっすけど……」
名指しされたラッカーが不安そうに少女勇者とアイナを見る。
少女勇者とアイナは2人して、両手で拳を作り胸の前に引き寄せる頑張れポーズをした。
『頑張れって言われてもなぁー』
不安そうに不審者っぽい高身長のセラノを見上げながら、ラッカーがため息をついた。


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