幽霊城の扉を抜けた瞬間、全員の体の力が一気に抜けた。
全員が一気に疲労感に襲われたのだ。
底なしの魔力かと思われたちあですら、魔法が使えないほどに魔力が減少した。
誰もが一瞬罠か敵の攻撃を疑い、迎撃態勢を取ろうとするが、どうにも体が動かない。
それ程に疲労感と倦怠感に襲われていたのだ。
『今モンスターが現れたら死ぬな』
誰もが死を覚悟していた。
しかし敵影はなく、襲ってくるものはなにもなかった。
「どうやら」
しばらくして口火を切ったのはティーパンだ。
「幽霊城がモンスターであり、その体内に侵入した者の体力や魔力を吸収していたようだね」
そのせいで体力も魔力も奪われたのだろうとティーパンは推測する。
「あの体内では、こちらの体力も魔力も限界以上に引き出されていた可能性がある」
人差し指を立てながらティーパンが言う。
だから、抜け出せた瞬間に一気に疲労感が襲ってきたというわけだ。
「じゃあ少し休憩しましょう」
助態が安心したように言う。
「念のため見張りは立てた方がいい」
そう言うなりティーパンは目を閉じ始めた。
体力と魔力を少しでも早く回復させようとしているのだ。
「ちあも休め」
助態がちあに言い、あぐらをかいた膝の上にちあの頭を半ば無理やり乗せた。
助態なりの膝枕だ。
「でもちあも休むと、強い者が見張りに立てなくなるぞ?」
ちあが心配そうに言うのを無視して無理やり休ませた。
「俺が見張るから平気だ」
全員が疲労困憊の中、助態だけは神経が高ぶっていた。
まだアドレナリンが出ているからなのか、みんなが疲れているから自分がやらなきゃという責任感からなのか、助態は不思議と力が漲るのを感じていた。
もちろん、疲労感はあるし倦怠感も強い。それでも見張りくらいはできそうな気がしていた。
「勇者に任せよう。少しでも怪しい物陰を発見したら声をかけるんだ」
目を閉じたままティーパンが言い、全員がそれぞれに休憩をとった。
助態も神経をとがらせたまま、少しでも体力を回復させた。
雷獄の洞窟は、聞いていた通りの場所だった。
一般的な洞窟は周囲が岩などに囲まれているが、ここは周囲が雷でできていた。
それなのに洞窟らしい薄暗さがあった。
雷は通常、光なので明るいはずだがここは薄暗かった。
『壁が雷でできているならうっかり壁に触れる。なんてことに気をつけないといけないな……』
全員がそれなりにしか休めていないことを助態は分かっていた。
せめてちあだけでは完全に眠ってくれると、後々戦闘が起きた時に楽になるのだが……
そんなことを考えていると、ティーパンが目を開けた。
●
「私はある程度回復した。勇者、きみも少し寝た方がいい」
そう言われて助態も少し目を閉じた。
この日は結局何の襲撃もなかった。
「食糧が少なくなってきたな」
ティーパンがカバンを漁りながら言う。
長旅になるのは分かっていたが、死の国以降食糧の調達はできていない。
更にロンラーでは食糧の調達すらできていなかった。
「ここでは食べ物が手に入るとは思えないわ」
周囲を見渡しながらアンアンが言う。
最も淫魔族のアンアンは、助態さえいれば食事ができる。
「私たちもさすがにこの先の情報はさっぱり分からないわ」
はあはあが困ったように言う。
「壁や天井が雷でできているということは、そこらに転がっている石や生えている植物に見える物も雷でできている可能性すらあるもんな」
もっこりがはあはあの隣で、先に転がる石ころを指さす。
「雷系統のモンスターした出現しないと言ったね」
ティーパンがはあはあともっこりに言うと、2人が同時に頷く。
「雷系統のモンスターは雷系統の食事を摂る」
だろ? とティーパンがちあの方を向く。
「その通りじゃ」
ちあが頷いて続ける。
「一般的に環境に適したモンスターの場合には、その環境のみで生きていける場合が多いのじゃ。過酷な環境であればあるほどその傾向は強い。同時にその適した環境の食事を摂ることで生命力を高めることが多い」
ちあの小難しい話しに、ほとんどのメンバーが困惑した顔をしたのを見て、ティーパンが補足説明をした。
「要するに、モンスターは得意系統の場所に住んだり得意系統の食べ物を食べることで、戦闘能力が上がるってことだ。ここに出てくるモンスターは、他の街道で遭遇する同じモンスターよりも強力ってこと」
「それなら尚更気をつけないとだねぇ」
もふともがやれやれとため息交じりに言う。
「それだけじゃない。ここで食べ物を調達できる確率はゼロに等しいってことだ」
ティーパンが厳しい現実を突きつける。
それもそうだ。
雷獄の洞窟は雷でできた洞窟。そこに出現するモンスターは雷系統。出現するモンスターは雷系統の物を食べれば生きていける。
人間が食べられる物があるとは到底思えなかった。
「アイテムはもちろんのこと、食べ物は節約していきましょう」
助態はこの世界に来てから何度かティーパンが回復アイテムを使うのを見ている。
自分達は基本貧乏な(お金が入るとすぐに使ってしまう)ため、アイテムとは無縁だった。
そもそも助態は未だにこの世界でのお金稼ぎの方法を知らない。
もっとも、ずっと冒険しっぱなしなのだからそれも仕方ない。だいたいサバイバル生活だった。
「きみたちはもう少し、モンスターを倒した時に素材を取る癖をつけた方がいい。モンスターの中には食べれるモンスターもいるし、金にもなる。それから町では困っている人の依頼を聞いて、しっかりと報酬を貰うことだ。いつまでも貧乏のままじゃ嫌だろう?」
そう言ってティーパンが目の前を指さす。
目の前には、鹿のようなモンスターが1匹居た。
「ビリビリ角だ。角から威力の低い雷を放出するが危険度はEだ。あの肉は上質で食える上に角はアイテムにも売ることもできる貴重なモンスターだ。絶対に逃がすな!」
ティーパンの号令でもふともがさっと動いた。
ビリビリ角の背後に素早く回り込んで逃げ道を断つ。
そのまま両手に短剣を持って打ち鳴らして、ビリビリ角の注意を引く。
瞬間、ティーパンが大刀で一刀両断にした。
「とりあえず今腹ごしらえしよう」
手際よく鹿の肉を捌く。
グロ系が得意な純純がその手順をしっかりと見て覚えようとしていた。
「ヒロイン。涎がでてるよ」
「え、ししし失礼しました」
じゅるりと涎を拭きながら、ティーパンが鮮やかに捌くのを眺めていた。
「ちあ、木の枝をくべてくれ」
ティーパンがビリビリ角から剥ぎ取った角をちあに放る。
「わかったのじゃ。これは雷の角と呼ばれるアイテムじゃ。微量の雷を発生させるから着火アイテムとして使えるのじゃ」
使いすぎると壊れるがのぅ。と付け加えながらちあが助態に説明する。
説明を受ける助態は、背後で行われてるグロ行為に吐き気を催していた。
「できました勇者様!」
血まみれになりながら、赤茶色の血が滴っている肉を持ちながら純純が笑顔で助態を呼ぶ。
「オロロロロロロロ~」
それを見た瞬間、助態は盛大にぱいおの体に吐いた。
「だからウチはそういうの趣味じゃないっすよー!」
ぱいおの叫び声が雷獄の洞窟に響いた。
●
パチリ。
火の爆ぜる音が心地いい。
幼い頃、両親に連れられてよくキャンプに行ったのを助態は思い出していた。
最初こそグロくて直視できなかった鹿の肉も、火で炙ってしまえばただの肉だ。
香ばしい匂いに食欲がそそる。
「残りは干し肉として保存しておきたいけど、ここじゃ干せないな」
全部食べ切れないな。とティーパンが困っているので、助態が前のキャンプでの知識を思い出す。
「確かですけど、肉を吊るしてこの煙を使えば燻製が作れるはずですよ?」
時間はかかりますけどね。と付け加えた。
こうして今食べる肉は直接焼き、保存する肉はやや遠くの熱と煙で燻して燻製にした。
「後は飲料さえ確保できれば申し分ないな」
豪快に大きな一塊を食べながらティーパンが言う。
確かに食糧があっても飲み物が無ければ生きてはいけない。
この先には砂漠もあるようだし、飲み物はあればあるほどいい。
「この洞窟内で手に入れることができるのでしょうか?」
キョロキョロ雷でできた洞窟を見渡しながら純純が問う。
「どうだろうねぃ」
ティーパンの隣で足を投げ出しながらもふともが適当に言う。
相変わらずガサツな感じだ。そして何も考えていない。どうにかなるさ精神。
もっとも、どうにかなるさ精神は他の仲間も一緒だが。
アンアンにティーパンとちあ、ヌルヌルにもっこりとはあはあだけが先を心配していた。
「ま、これがこのパーティーのいいところでもあるんだけどね」
不安そうに助態たちを見るもっこりに向かって、ティーパンがそう告げた。
言われたもっこりも何となくそれが理解できていた。
「俺たちがしっかりと飲料を見つけなきゃいけないな。どこにあるかめぼしい場所はあるか?」
ヌルヌルはまじめだった。
「じゃからいらぬ心配じゃ。この空気を壊してはならんのじゃ」
ちあが忠告するがヌルヌルには理解できない。
「私たちが自分たちで見つけてあの子たちを導くのよ」
アンアンが諭すと、はあはあもなるほどと頷いた。
「しかしそれではあいつらの成長にならんぞ?」
ヌルヌルが頑なに言うのは、もふとものことを思ってだろう。
「君はいい奴だねぇ。もっこりもはあはあもいい奴だけど君のその行動力はあの子を想ってかい?」
ティーパンがあの子と言ってもふともを顎で指す。
ヌルヌルの頬が見る見る赤くなる。
「教えるだけが成長じゃない。気づきも成長だよ。それに、あの子たちは冒険を心の底から楽しんでいる。最も人間らしいと思わないかい?」
冒険を楽しんでいるというティーパンの言葉にヌルヌルははっとした。
「そうか……もふとも達は冒険者なんだな」
そして助態を見てそっと呟いた。
「勇者か……」
その眼差しは優しく、死の国から魔界へと旅立った時の決意を再び思い出したのだった。
そんなヌルヌルを見てティーパンが優しく言った。
その気持ちだよ。大切なのは。私たちも同じ気持ちさ――

