「敵様」
遠慮がちにミアが声をかける。
敵は、高い木の上で空を仰いでいた。
「ミアか」
振り向きもせずに敵が返事をする。
「この特別な木でできたリングをどうか指にはめてはくれませんか?」
ミアがどう見ても木でできたようには見えない、キラキラ光る指輪を見せる。
「それをつけると何かあるのか?」
「特別な魔法を編み込みました。強力な攻撃から守ってくれます」
「それなら自分でつけておけ」
相変わらず敵は見向きもしない。
「おおかた」
そのまま敵が話しを続ける。
「それをはめたら、結婚指輪だとかなんとか言って、無理やりにでもオレと結婚にこぎつけるつもりなんだろう?」
「おっしゃる通りです。私は何が何でも敵様と結婚をしたいのです!」
ミアが木の上にいる敵に迫る。
「なぁミア」
そんなミアに対して敵は逃げも拒否もせず、自分の話しを続ける。
だからこそミアはじれったく、ずっと好きのままでいられる。
「未開の土地には何があると思う?」
「そうですね……私は海が見てみたいです」
キョトンとして考えた後、ミアが目を輝かせて言う。
「海か。見たことないのか?」
木の上で仰向けに寝転んでいた敵が起き上がる。
「エルフ族は森の中で生きるシキタリがあるのです」
「んなもんぶっ壊せって前に言ったろ?」
「はい。だからこそ。敵様について行くのです。私はエルフ族の掟を破ります」
「それは違うな」
敵が木の下に降りて、ミアの目の前に立つ。
「ミア。お前はエルフ族の掟を変えるんだ」
「私が掟を変える?」
「エルフ族は、森以外の場所でも生活できるって変えろ」
いとも簡単に敵が言うが、掟はそう簡単に変えられるものではない。
それでもやれ。と敵は言う。
「敵様がそう仰るなら」
深くお辞儀をして、ミアはその場を後にした。
掟改定のことで協議でもするのだろう。
ポン。と小さな音がして敵の隣にガブリーが現れた。
「ガブリー。強力な攻撃から身を守れるアクセサリーは作れると思うか?」
「興味深いね。ワタクシの魔法研究の材料がまた1つ増えたよ。ぜひ作ってみよう」
フワフワ浮かんで、宙がえりをしながらガブリーが嬉々として言う。
楽しみが増えたことが嬉しいようだ。
「なぁガブリー」
喜ぶガブリーに敵が声をかける。
「この星の輝きって、どこへ行っても見れるんだな」
「そりゃね。空は繋がってるからね。あ、でも明るすぎる繁華街とかじゃ見えないんじゃないかな?」
さも当然のように敵にガブリーが言うが、敵はガブリーを見続ける。
「何? 何が言いたいの?」
「いや。俺には記憶があまりない。星の光を誰かと見た記憶も海を一緒に見た記憶もない。時折自分が2人いるような感覚にすら陥る」
「それは勘違いだね。記憶がないのは、先の戦いで強い衝撃を受けたからでしょう?」
毎回同じことをガブリーは敵に言う。
「ここ最近、視界が真っ白になることがあるんだ」
この言葉にガブリーは、宙からずり落ちた。
「オレが2人いる感覚と関係があるとオレは思っている。記憶がないこともな」
黙ってガブリーは敵の次の言葉を待った。
「なぁガブリー。この世界は広くて誰も見たことない未開の土地が存在する。きっとそこから見る星の景色は今ここから見る星の景色と一緒だろう。もし……」
ごくりとガブリーは生唾を飲む。
「違う景色が見れる場所があるとしたら?」
敵にはうまく表現できないが、ガブリーは敵が真相をついていることを確信した。
「うまく言えないんだけど、ここの世界じゃない違う世界って言えばいいのか……そんな世界からオレは来たような気がするんだ」
「別の世界の概念はワタクシも想像していた。キミは見ていて面白いね。どうやらキミには色んなことをもっと教える必要があるようだね」
「夢なのか分からないけど」
ガブリーの言葉に被せるように、敵が自分の話しを続ける。
「高渡無って人が自分と重なるんだ。見た目も性格も違うのになんでか重なるんだ」
「この世界の理について説明する必要がありそうだね」
ガブリーが呟くと、敵は真っすぐガブリーを見据えた。
●
――世界は神人種が創造したとされている。
では神人種を創造したのは?
異世界と呼ばれる世界で、高渡という人物がいる。
神人種を作ったとされる人だ。
この世界は、異世界の影響を受け、異世界によって作られる世界。
それがこの世界の理。
では、この世界だけのものは?
神人種が創造したものですら、異世界のものであり、この世界のものは何もない。
それに気づいた神人種は、自分たちが世界を管理して異世界から干渉を受けないようにしようとした。
しかし、それに反発する種族が現れ、星を滅ぼすほどの大戦へと発展し、大戦は停滞し今に至る。
種族間の対立は激しく、神人種が作りあげようとしていた世界とは異なる世界となった。
しかし、神人種は世界を切り離して異世界の影響を一部の地域だけに限定させることに成功した。
遠く離れた地。未開の土地では異世界の影響をたくさん受けているらしいが、こちらの土地では異世界の影響は全く受けなくなった。
各種族が縄張りを争い、傷付く世界だが異世界によって作られる世界ではなくなり、自分達のアイデンティティーを確立することができる。
●
「でもね。この土地、この世界はまやかしなんだとワタクシは思っている」
そうガブリーがしめくくった。
敵が、まやかし? と問うと、ガブリーは頷いて続きを話した。
「結局は、神人種が作り上げた世界は異世界の影響を受ける世界と変わりはないじゃないか。影響を受ける対象が異世界から神人種に変わっただけでしょ? そんなのつまらないよ。何が起こるか分からないからこそ楽しい。ワタクシはキミを見てそう思えるようになったんだ」
ここでガブリーは一息おいた。
「キミは異世界とリンクしている。ワタクシが研究に研究を重ねて異世界の高渡という人物の魂の一部をこの世界に定着させ、その媒体としてキミが選ばれたんだ。時折あっちの世界での出来事とごっちゃになっちゃうのはそのため」
ごめん。とガブリーが頭を下げる。
夜風が爽やかに敵の髪を撫でた。
