キミだけが知らない物語り~第17物語り ギャルの変化と高渡の変化~

キミだけが知らないストーリー

 満員電車は嫌いだが、この時期の満員電車は特に嫌だ。
 真夏の満員電車は、汗臭さが充満し冷房が効いていても蒸し暑い。
 そんなことをぼんやり考えながら高渡は電車に揺られていた。
 ふと。斜め前辺りに椎名がいるのが目に止まった。
 満員電車あるあるだ。椎名はドアに背を向けるようにして立っていた。
 ちょうど、高渡の方を向いている形だ。
『またストーカーとか思われたら危険だ』
 先日、椎名とその幼なじみと何やら会話をしたが、それはそれ。
 次の日こそ何か起こるのではないか? と淡い期待をしたが、結局は何もなかった。
『分かってるよ。自分がモテないことも人から好かれないことも』
 そう心の中で毒づいて俯こうとした。
 ふと、気になった。
 椎名があの時と同じ表情をしている気がした。
 ――いや。気のせいかもしれない。
 勘違いということもある。
 それでも……
 高渡はもう一度椎名の顔を見た。
 気のせいではない。
 あの日、高渡が逃げ出した、椎名がヤンキーに捕まって高渡に助けを求めた時と同じ表情をしていた。
 椎名は何かされている。
『まさか痴漢?』
 しかし、高渡からは何をされているのか見えない。
 それにもし違っていたら? もし痴漢だとして自分に何ができる?
「本当に助けを求めるだったら、その場で大声を出せばよかった。助けてと叫べばよかった。それをあんたはしなかった。ただ逃げただけだから」
 脳裏に椎名の取り巻きギャルの声が鳴り響く。
『今僕にできること……』
 ごくりと唾を飲む。
『僕に勇気をくれ。敵さん』
 高渡が両手の拳を強く握る。
「おはよう椎名さん」
 少し遠目から高渡が声をかけた。
「高渡くん……」
 椎名がほっとしたような表情を見せる。
 おそらく、痴漢がバレるのを恐れてやめたのだろう。
「さっきはごめん」
 電車を降りて高渡が謝る。
 向こう側からタクヤが歩いてくるのが視界に入る。
「急に声をかけて。二度としないから……」
 高渡は逃げるようにその場を後にした。
「嫌だなんて言ってないのに……」
 ボソリと言った椎名の言葉は、誰の耳にも届かなかった。

 ●

 もう忘れてしまったかな。
 プールの授業が始まり、定期テストが終わり、夏休みを待つだけの期間。
 高渡はこの時期が好きだった。
 しかし、高渡は朝のできごとを夢想し、この大好きだった時期を忘れていた。
 うだるような暑さで机の上でだらけきって、時には居眠りをしてしまうようなこの季節を――

 高渡は自分の席から椎名を見つめていた。
 特に何かを思って見ているわけではなく、その名の通りただ見ていた。
 そのため、椎名が今何をして誰と話しているかということは頭には入っていない。
 視界には入っているが、記憶としては残っていない。そんな状態だ。
 そんな状態のまま、今朝のことを夢想していたら、取り巻きギャルに声をかけられた。
「まーたりおのこと見てんのかよ」
 突っ伏していた机から顔だけを上げると、高渡を見下ろすようにギャルがニヤリと笑みを浮かべていた。
「髪の色変えたんだ?」
 何気ない一言だった。
 しかし、高渡自身がこの言葉に驚いた。
 およそ自分が発言するような言葉ではないし、ギャルが声をかけてきた言葉に対しての返答でも何でもない。
「へぇ? あんたみたいなやつでも気がつくんだ?」
 金髪が黒髪になれば誰でも気づくと思うけど。と高渡は思ったが口には出さなかった。
 ギャルは何だか嬉しそうな表情を浮かべて、よっと。と言いながら高渡の机の上に座った。
 スカートがフワリとめくれ、黒い下着が一瞬見えた気がした。
 高渡は何だか恥ずかしくなり、すぐに目を背けた。
「んで?」
 高渡には、何が、んで? なのかさっぱり分からなかった。
「今朝、りおのこと助けたんだろ?」
『あぁそのことか……』
「あんなの。助けた内に入らないよ……」
「は?」
「椎名さんは僕に声をかけられて、電車に乗っていた他の客に僕みたいなやつと知り合いだと思われてしまったんだ。きっと嫌な思いをしたさ……それに。タクヤ君はきっと怒ってる」
「怒る? 何でさ」
 ギャルが不思議そうに聞くのを察するに、きっと本当にタクヤは他の誰にも高渡を疑っていたことを話していないのだろう。
 しかしそれでも劣等感の塊の高渡にとっては、考え方が変わるきっかけにはならない。
 更には、少し前に勘違いまでしてしまったのだ。
 そう簡単に考え方が変わるわけがなかった。
「僕が椎名さんを助けなかったし、前に僕が椎名さんをストーカーしていたと思っていたみたいだから、僕が近づくのは嫌だと思う」
 この言葉を聞いたギャルが大きなため息をつく。
「やっぱりあんたはあんただね」
 高渡が想像していたよりもかなり小さな手で、ギャルは高渡の頭をポンポンと軽く叩いた。
「……」
 何がなんだか分からず高渡がギャルを見つめる。
「何?」
 今度はギャルが、意味がわからないと言わんばかりに問う。
「女の人の手って、思った以上に小さくて柔らかいんだね」
 突拍子もない受け答えに、ギャルは思わず吹き出した。
『分かってるよ。僕だって自分で変なこと言ってるって思うもん。突然頭を小突かれて何を言われてるかも分からないし、混乱してるんだよこっちは』
 高渡は心の中で毒づく。
 高渡の人生の中で、女性の手に触れるのは母親と妹以外で言えば、恐らく初めてのことだろう。
「頭触られたくらいで女の手の感触が分かるかっての!」
 そう言ってギャルは高渡の手を取る。
「ほれ。どうだ?」
「えっと……温かい……」
 またもや高渡の口から出た言葉は、本人が言おうとしていた言葉とは違った言葉だった。
 その言葉を聞いたギャルは、満足そうな笑みを浮かべてピョン。と机から飛び降りた。
 またもや、黒い下着がチラリと見えた気がした。
「あんたちょっと変わったね」
『変わった? どこが?』
 よく分からず高渡は首を傾げる。
「まだまだ成長途中だけど、うん。いい男になった!」
 ニパっとギャルが笑顔を見せる。
 この時高渡は初めて気がついた。
 ギャルがとても可愛いということに。
「もう少し自分に自信を持ったら今度はデートしてやるよ」
 そう言ってギャルはなんと、高渡の頬にキスをしたのだった。
 風が教室に舞い込み、夏の匂いを運んできた。
 

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