午後の魔法学園《アヴィア》。
中庭には、昼休み特有のざわめきが満ちていた。
笑い声、食堂から漂う香り、疲れを含む思い足取り、
無数の魔力が気ままに行き交う、平和な時間。
――だが。
その流れを断ち切るように、一人の生徒が歩いていた。
タカだ。
一歩ごとに、靴底が石畳を強く打つ。
無意識に放たれる魔力が、周囲の空気を張り詰めさせる。
(……おかしい)
ここ数日、カケルの様子がはっきりと変わっている。
授業中の反応。
魔力制御の“間”。
そして、あの視線。
以前は、どこか泳いでいた目が、
今は――世界を測っている。
(あいつが、そんな目をするはずがない)
タカは歯を食いしばる。
最弱。
落ちこぼれ。
それが、カケルだった。
少なくとも、タカの中ではそうである。
「……今日、確かめる」
拳を握る。
それは怒りではなく、
自分の立ち位置を失う恐怖だった。
●
訓練場。
魔法ゴーレムの起動音が、低く響く。
タカは、観客席の後方の影から、ひっそりとその様子を見ていた。
タカが見ているとは知らずにカケルがゴーレムの前に立つ。
構えは、相変わらず素人じみている。
だが――
(……魔力が、整いすぎてる)
無駄がない。
揺れがない。
まるで、最初から“最適解”しか流れていないような配列。
(第二層……)
喉が、ゴクリと鳴る。
観測段階第二層。
理論上は存在するが、生徒が到達するなど想定されていない領域。
(……やっぱり……《エラー検知》)
胸の奥が、ざわめく。
努力で届く場所じゃない。
才能ですら、足りない。
――異常だ。
そう。明らかに異常なのだ。
「……」
タカは、目を逸らさなかった。
今日、この目で見て自分との差を知る。
逃げるわけにはいかなかった。
そう胸に秘めて目を見張った……
●
「カケル!」
声を張り上げる。
カケルは、わずかに遅れて振り返った。
だが、その視線がタカを捉えた瞬間――
空気が変わる。
タカの魔力が、反射的に地面へと流れ出す。
影のように伸びる、攻撃前兆。
それを、カケルは“線”として見た。
(……来る)
音は聞こえない。
だが、意志と動きが、色と方向で視界に浮かぶ。
●
ゴーレムの前で、二人は向かい合った。
タカが先に踏み込む。
迷いのない初動。
斬撃系魔力が、圧縮され、一気に解放される。
「――!」
轟音。
ゴーレムの装甲が、まとめて削れる。
だが――
カケルはほんの半歩、体をずらしただけだった。
軌道を、”見てから避けた”のだ。
(……は?)
タカの思考が、一瞬止まる。
次の一撃は三連だ。
通常であれば回避不能の角度。
それでも、カケルは最小限の動きで、すり抜ける。
――【観測精度:高度】
――【行動予測:補正】
視界に走る情報。
可能性が、一本に収束していく。
(……当たらない……?)
いや、違う。
当たらせていない。
タカの魔力が、
カケルの“異常視覚”に触れ、
赤い警告が瞬く。
「……すごい……」
タカは、肩で息をしながら心の中で呟く。
力の差じゃない。
経験の差でもない。
(……俺は、読まれてる)
「……俺……」
胸が、締めつけられる。
「……負けるのか?」
●
戦いの中で、タカは理解し始める。
カケルの視界には、“世界の情報”が剥き出しで存在している。
建物の耐久限界。
魔力の流速。
自分の攻撃が、次に選ぶであろう角度。
すべてが、予測の対象。
(……こんなの……)
(常識じゃ、勝てない)
だが。
タカは、拳を下ろさなかった。
「俺は――!」
叫ぶように、魔力を解放する。
制御を捨てた、純粋な爆発。
ゴーレムが、衝撃波で粉砕される。
その瞬間、カケルの視界が、わずかに乱れた。
――【警告:予測誤差 発生】
(……!?)
初めての“ズレ”。
「――来い!」
タカは、真正面から吠えた。
二人の視線が、世界の深層で交錯する。
これは勝負じゃない。
力比べでもない。
――理解と覚悟の、衝突だ。
●
戦闘が終わる。
訓練場には、破壊されたゴーレムの残骸と、荒い呼吸だけが残った。
タカは、拳を握りしめたまま、カケルを見る。
「……お前、本当に変わったな」
カケルは、少し間を置いて答える。
「……ああ。俺はもう、普通じゃない」
逃げない言葉だった。
「……そうか……」
タカは、俯いて呟くように言う。
その後、すぐに顔を上げた。
「なら、俺は――」
「……?」
「お前に追いつく」
視線は、逸らさない。
「どんな異常でも、俺は負けない」
赤い警告の中で、カケルは、タカの決意を”読む”。
恐怖。
誇り。
そして、折れていない心。
(……こいつ……)
(ほんとに、変わらないな)
二人の間に、これ以上の言葉は要らなかった。
理解した瞬間、
世界の歪みの中で、
確かな決意が生まれる。
――生き残る
――理解する
――戦う
学園の空は、午後の日差しの下で、穏やかに揺れていた。
その揺れは、
二人にだけ伝わる、
確かな“緊張”だった。
