その鵲は、空の裏側を知る~第8章 鋭い視線、揺れる誇り~

その鵲は空の裏側を知る

 午後の魔法学園《アヴィア》。

 中庭には、昼休み特有のざわめきが満ちていた。
 笑い声、食堂から漂う香り、疲れを含む思い足取り、
 無数の魔力が気ままに行き交う、平和な時間。

 ――だが。

 その流れを断ち切るように、一人の生徒が歩いていた。

 タカだ。

 一歩ごとに、靴底が石畳を強く打つ。
 無意識に放たれる魔力が、周囲の空気を張り詰めさせる。

(……おかしい)

 ここ数日、カケルの様子がはっきりと変わっている。

 授業中の反応。
 魔力制御の“間”。
 そして、あの視線。

 以前は、どこか泳いでいた目が、
 今は――世界を測っている。

(あいつが、そんな目をするはずがない)

 タカは歯を食いしばる。

 最弱。
 落ちこぼれ。
 それが、カケルだった。

 少なくとも、タカの中ではそうである。

「……今日、確かめる」

 拳を握る。
 それは怒りではなく、
 自分の立ち位置を失う恐怖だった。

 ●

 訓練場。

 魔法ゴーレムの起動音が、低く響く。
 タカは、観客席の後方の影から、ひっそりとその様子を見ていた。

 タカが見ているとは知らずにカケルがゴーレムの前に立つ。

 構えは、相変わらず素人じみている。
 だが――

(……魔力が、整いすぎてる)

 無駄がない。
 揺れがない。
 まるで、最初から“最適解”しか流れていないような配列。

(第二層……)

 喉が、ゴクリと鳴る。

 観測段階第二層。
 理論上は存在するが、生徒が到達するなど想定されていない領域。

(……やっぱり……《エラー検知》)

 胸の奥が、ざわめく。

 努力で届く場所じゃない。
 才能ですら、足りない。

 ――異常だ。
 そう。明らかに異常なのだ。

「……」

 タカは、目を逸らさなかった。

 今日、この目で見て自分との差を知る。

 逃げるわけにはいかなかった。

 そう胸に秘めて目を見張った……

 ●

「カケル!」

 声を張り上げる。

 カケルは、わずかに遅れて振り返った。
 だが、その視線がタカを捉えた瞬間――

 空気が変わる。

 タカの魔力が、反射的に地面へと流れ出す。
 影のように伸びる、攻撃前兆。

 それを、カケルは“線”として見た。

(……来る)

 音は聞こえない。
 だが、意志と動きが、色と方向で視界に浮かぶ。

 ●

 ゴーレムの前で、二人は向かい合った。

 タカが先に踏み込む。

 迷いのない初動。
 斬撃系魔力が、圧縮され、一気に解放される。

「――!」

 轟音。
 ゴーレムの装甲が、まとめて削れる。

 だが――

 カケルはほんの半歩、体をずらしただけだった。

 軌道を、”見てから避けた”のだ。

(……は?)

 タカの思考が、一瞬止まる。

 次の一撃は三連だ。
 通常であれば回避不能の角度。

 それでも、カケルは最小限の動きで、すり抜ける。

 ――【観測精度:高度】
 ――【行動予測:補正】

 視界に走る情報。
 可能性が、一本に収束していく。

(……当たらない……?)

 いや、違う。

 当たらせていない。

 タカの魔力が、
 カケルの“異常視覚”に触れ、
 赤い警告が瞬く。

「……すごい……」

 タカは、肩で息をしながら心の中で呟く。

 力の差じゃない。
 経験の差でもない。

(……俺は、読まれてる)

「……俺……」

 胸が、締めつけられる。

「……負けるのか?」

 ●

 戦いの中で、タカは理解し始める。

 カケルの視界には、“世界の情報”が剥き出しで存在している。

 建物の耐久限界。
 魔力の流速。
 自分の攻撃が、次に選ぶであろう角度。

 すべてが、予測の対象。

(……こんなの……)

(常識じゃ、勝てない)

 だが。

 タカは、拳を下ろさなかった。

「俺は――!」

 叫ぶように、魔力を解放する。

 制御を捨てた、純粋な爆発。
 ゴーレムが、衝撃波で粉砕される。

 その瞬間、カケルの視界が、わずかに乱れた。

 ――【警告:予測誤差 発生】

(……!?)

 初めての“ズレ”。

「――来い!」

 タカは、真正面から吠えた。

 二人の視線が、世界の深層で交錯する。

 これは勝負じゃない。
 力比べでもない。

 ――理解と覚悟の、衝突だ。

 ●

 戦闘が終わる。

 訓練場には、破壊されたゴーレムの残骸と、荒い呼吸だけが残った。

 タカは、拳を握りしめたまま、カケルを見る。

「……お前、本当に変わったな」

 カケルは、少し間を置いて答える。

「……ああ。俺はもう、普通じゃない」

 逃げない言葉だった。

「……そうか……」

 タカは、俯いて呟くように言う。

 その後、すぐに顔を上げた。

「なら、俺は――」

「……?」

「お前に追いつく」

 視線は、逸らさない。

「どんな異常でも、俺は負けない」

 赤い警告の中で、カケルは、タカの決意を”読む”。

 恐怖。
 誇り。
 そして、折れていない心。

(……こいつ……)

(ほんとに、変わらないな)

 二人の間に、これ以上の言葉は要らなかった。

 理解した瞬間、
 世界の歪みの中で、
 確かな決意が生まれる。

 ――生き残る
 ――理解する
 ――戦う

 学園の空は、午後の日差しの下で、穏やかに揺れていた。

 その揺れは、
 二人にだけ伝わる、
 確かな“緊張”だった。

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