朝の学園は、いつも通りだった。
チャイムの音。
石畳を歩く靴音。
空を切る風の匂い。
どれも、昨日と変わらない――
はずだった。
(……あれ?)
スズメは、中庭の端で立ち止まる。
噴水の水音が、”落ちる前”に聞こえた気がしたからだ。
いや、違う。
聞こえたのは、音じゃない。
“起きること”そのものだ。
(なんで、分かるんだろ……)
スズメは、特別な力を持たない。
飛ぶのも遅いし、魔法も弱い。
成績も普通だ。
ただ――
ずっと、逃げるのが上手だった。
危険な場所を、危険だと“感じる”のが、少し早い。
中庭を横切る生徒たちの影が、一瞬だけ、地面から浮いた。
誰も気づかない。
気づいたのは、スズメだけ。
(……空が、薄い)
言葉にすると、おかしい。
でも、そうとしか言えなかった。
空が、紙みたいに薄くなっている。
向こう側が、透けそうなほど。
スズメは無意識に、学園の塔を見上げる。
(あそこ……)
理由は分からない。
でも、確信だけはあった。
(あの人が、関わってる)
カケルの顔が浮かぶ。
優しくて、危なっかしくて、
なのに――
この学園で一番、重い存在。
スズメは唇を噛む。
(……言ったら、ダメだ)
根拠のないことを言えば、”気のせい”で終わる。
でも、言わなければ――
もっと悪いことが起きる。
結局、スズメは何も言えず、ただ1歩、空から遠ざかるように歩いた。
その背中を、
未観測領域が、静かに見ていた。
