夕暮れの回廊は、ひどく静かだった。
授業の終わりを告げる鐘は鳴ったはずなのに、
音が、途中でほどけたように消えている。
(……変だな)
スズメは、廊下の端で立ち止まった。
誰もいない。
なのに、誰かがいる気配だけが残っている。
空気が、張りつめている。
スズメは、無意識に天井を見上げた。
そこに――
“影”が、止まっていた。
フクロウだ。
翼を畳み、石像のように静止したその姿は、
まるで最初からそこに存在していたかのようだ。
「……」
声は出なかった。
”出してはいけない”、と体が理解している。
フクロウの月色の瞳が、ゆっくりとスズメを捉える。
(……見られてる)
視線が、体を通り抜ける。
魔力でも、威圧でもない。
測られている感覚。
――観測。
スズメは、なぜか分かってしまった。
(この人……空の、向こうを知ってる)
怖い。
けれど、逃げられない。
フクロウは、しばらくスズメを見つめ、やがてほんの僅かに首を傾げた。
「……君は」
発せられた低い声は、その続きを言わなかった。
代わりに、静かに視線を逸らす。
その瞬間、
空気が、少しだけ緩んだ。
フクロウは翼を広げ、音もなく天井裏へと消えて行った。
(……行った?)
スズメは、ようやく息を吐いた。
胸が、ひどく苦しい。
(今の人……敵? 味方?)
分からない。
でも、一つだけ確かなことがある。
(……あの人は俺のことを)
重要じゃないと思ってる。
それが、なぜか――
一番、怖かった。
スズメは、自分の手を見つめる。
震えている。
最弱の存在。
誰にも期待されない存在。
(でも……)
さっきの視線は、一瞬だけ、迷いを含んでいた。
(俺が、何かになる可能性を)
スズメは、何も言わずに歩き出す。
この出会いが、世界の裏側へ続く扉の、“蝶番”になることも知らずに……
回廊の窓から、夜に沈みかけた空が見えていた。
薄く、脆く、
――破れそうな空が。
