未観測領域の中心――
無数の光の箱が浮かぶ空洞。
歪んだ重力と時間が、まだ完全には戻りきっていない。
カケルとシラサギは、無言のまま呼吸を整えていた。
そのとき。
空間の奥から、風とも魔力ともつかない揺らぎが流れ込んだ。
それは攻撃ではない。
だが、確実に――
世界の「優先順位」を書き換える圧だった。
「……来たか」
カケルの呟きに応えるように、闇が割れる。
月のような二つの瞳。
羽音のない翼。
フクロウが、そこに立っていた。
●
「観測者カケル」
その声は、直接意識の奥に届く。
「第二層を越え、なお崩れなかったか」
評価するような口調。
だが、そこに侮りはない。
「我々は、世界を守るために存在する」
フクロウは翼をわずかに広げる。
光の箱が、反応するように震えた。
「世界は無限に生まれるが、
維持できる数には限界がある」
カケルの視界に、
膨大なログが一瞬だけ流れ込む。
――安定失敗
――観測過多
――管理不能
――破棄
(……これ全部……)
「選別だ」
フクロウは淡々と言う。
「冷酷だが、必要な工程だ」
その瞳が、まっすぐにカケルを捉える。
「そして――観測者は、世界の異常を可視化する存在」
・異常を発見する
・修正を促進する
・だが同時に、異常を固定化する
「第二層に到達した時点で、お前は“安全な観測者”ではなくなった」
「……俺が?」
「そうだ」
フクロウの声に、微かな痛みが滲む。
「お前はもう、世界にとっての“変数”だ」
●
「それが、あなたたちの正義ですか」
シラサギが、一歩前に出た。
その動きに、フクロウは驚かない。
「世界を守ると言いながら、切り捨てる準備をしている」
「……」
「観測者に選択を与えると言いながら、本当は、選ばせない」
フクロウは、しらばくの間沈黙した。
「君には、少し語りすぎていたか」
「いいえ」
シラサギは、視線を逸らさずフクロウを真っ直ぐ見つめる。
「あなたは、隠しているだけです。――恐れている」
空間が、僅かに軋んだ。
フクロウの翼が、一瞬だけ震える。
「……我々は、万能ではない」
低い声。
「管理者もまた、世界の構造に縛られている」
その言葉と同時に、光の箱の一つが、急激に膨張する。
重力が乱れ、
時間が跳ねる。
カケルは反射的に警告を読む。
――【局所崩壊】
――【回避推奨】
体を引きながらも、同時に理解してしまう。
(……違う)
(フクロウは……俺たちを試してるんじゃない)
(“間に合うか”を測ってるんだ……)
●
「裏切りは、すでに始まっている」
フクロウは言った。
「管理者の中には、観測者を“制御可能な部品”として扱う者がいる」
その言葉に、シラサギの表情が硬くなる。
「カラス……」
「名は出すな」
フクロウが即座に制した。
「まだ確定していない。だが、動いている」
・観測者の自由意思を削る
・人格を分割する
・最終的に、修正対象として処理する
カケルの背筋が、冷える。
(……協力って……そういうことか)
「だからこそ、選択が必要だ」
フクロウは、空間全体を見渡す。
●
「道は二つ」
一つ目。
「世界の安定に協力する」
・第二層の力を管理下で使用
・損失は段階的に制御
・だが、自由意思は制限される
「生き残る確率は高い」
二つ目。
「世界の制御に抗う」
・観測を自己判断で継続
・第三層以降に到達する可能性
・管理者からは敵対認定
「生存率は低い」
シラサギが、そっとカケルの肩に手を置く。
「あなたは、失った感覚を取り戻せるかもしれない。でも……」
「その代わり、もっと多くを失う可能性がある」
カケルがシラサギの言葉を引き取る。
カケルの視界で、警告が赤く脈打つ。
――【第三層接近】
――【人格安定率:要選択】
●
「忘れるな、観測者」
フクロウの声が、
わずかに低くなる。
「どの道を選んでも、裏切りは起こる」
「世界か」
「管理者か」
「――あるいは、仲間か」
その瞬間。
背後の闇が、
ほんの一瞬だけ歪んだ。
カラスの気配。
見ている。
判断を待っている。
シラサギの瞳が、
静かに光る。
「……やはり」
カケルは、拳を握った。
失ったもの。
見えてしまったもの。
そして――
まだ残っている意思。
「……俺は」
深く息を吸う。
「自分で選ぶ」
フクロウは、
ゆっくりと一歩退いた。
「それでいい」
その声は、管理者のものではなく、まるで親のようだった。
「覚悟だけは、誤るな」
光の箱が、ざわめく。
未観測領域が、次の層へと道を開き始めていた。
観測者と、それを止められなかった管理者。
世界は、もう後戻りできないところまで来ていた。
