その鵲は、空の裏側を知る~第10章 フクロウの真意~

その鵲は空の裏側を知る

 未観測領域の中心――
 無数の光の箱が浮かぶ空洞。

 歪んだ重力と時間が、まだ完全には戻りきっていない。
 カケルとシラサギは、無言のまま呼吸を整えていた。

 そのとき。

 空間の奥から、風とも魔力ともつかない揺らぎが流れ込んだ。

 それは攻撃ではない。
 だが、確実に――
 世界の「優先順位」を書き換える圧だった。

「……来たか」

 カケルの呟きに応えるように、闇が割れる。

 月のような二つの瞳。
 羽音のない翼。

 フクロウが、そこに立っていた。

 ●

「観測者カケル」

 その声は、直接意識の奥に届く。

「第二層を越え、なお崩れなかったか」

 評価するような口調。
 だが、そこに侮りはない。

「我々は、世界を守るために存在する」

 フクロウは翼をわずかに広げる。
 光の箱が、反応するように震えた。

「世界は無限に生まれるが、
 維持できる数には限界がある」

 カケルの視界に、
 膨大なログが一瞬だけ流れ込む。

 ――安定失敗
 ――観測過多
 ――管理不能
 ――破棄

(……これ全部……)

「選別だ」

 フクロウは淡々と言う。

「冷酷だが、必要な工程だ」

 その瞳が、まっすぐにカケルを捉える。

「そして――観測者は、世界の異常を可視化する存在」

 ・異常を発見する
 ・修正を促進する
 ・だが同時に、異常を固定化する

「第二層に到達した時点で、お前は“安全な観測者”ではなくなった」

「……俺が?」

「そうだ」

 フクロウの声に、微かな痛みが滲む。

「お前はもう、世界にとっての“変数”だ」

 ●

「それが、あなたたちの正義ですか」

 シラサギが、一歩前に出た。

 その動きに、フクロウは驚かない。

「世界を守ると言いながら、切り捨てる準備をしている」

「……」

「観測者に選択を与えると言いながら、本当は、選ばせない」

 フクロウは、しらばくの間沈黙した。

「君には、少し語りすぎていたか」

「いいえ」

 シラサギは、視線を逸らさずフクロウを真っ直ぐ見つめる。

「あなたは、隠しているだけです。――恐れている」

 空間が、僅かに軋んだ。

 フクロウの翼が、一瞬だけ震える。

「……我々は、万能ではない」

 低い声。

「管理者もまた、世界の構造に縛られている」

 その言葉と同時に、光の箱の一つが、急激に膨張する。

 重力が乱れ、
 時間が跳ねる。

 カケルは反射的に警告を読む。

 ――【局所崩壊】
 ――【回避推奨】

 体を引きながらも、同時に理解してしまう。

(……違う)

(フクロウは……俺たちを試してるんじゃない)

(“間に合うか”を測ってるんだ……)

 ●

「裏切りは、すでに始まっている」

 フクロウは言った。

「管理者の中には、観測者を“制御可能な部品”として扱う者がいる」

その言葉に、シラサギの表情が硬くなる。

「カラス……」

「名は出すな」

 フクロウが即座に制した。

「まだ確定していない。だが、動いている」

 ・観測者の自由意思を削る
 ・人格を分割する
 ・最終的に、修正対象として処理する

 カケルの背筋が、冷える。

(……協力って……そういうことか)

「だからこそ、選択が必要だ」

 フクロウは、空間全体を見渡す。

 ●

「道は二つ」

 一つ目。

「世界の安定に協力する」

 ・第二層の力を管理下で使用
 ・損失は段階的に制御
 ・だが、自由意思は制限される

「生き残る確率は高い」

二つ目。

「世界の制御に抗う」

 ・観測を自己判断で継続
 ・第三層以降に到達する可能性
 ・管理者からは敵対認定

「生存率は低い」

 シラサギが、そっとカケルの肩に手を置く。

「あなたは、失った感覚を取り戻せるかもしれない。でも……」

「その代わり、もっと多くを失う可能性がある」

 カケルがシラサギの言葉を引き取る。

 カケルの視界で、警告が赤く脈打つ。

 ――【第三層接近】
 ――【人格安定率:要選択】

 ●

「忘れるな、観測者」

 フクロウの声が、
 わずかに低くなる。

「どの道を選んでも、裏切りは起こる」

「世界か」
「管理者か」
「――あるいは、仲間か」

 その瞬間。

 背後の闇が、
 ほんの一瞬だけ歪んだ。

 カラスの気配。

 見ている。
 判断を待っている。

 シラサギの瞳が、
 静かに光る。

「……やはり」

 カケルは、拳を握った。

 失ったもの。
 見えてしまったもの。
 そして――
 まだ残っている意思。

「……俺は」

 深く息を吸う。

「自分で選ぶ」

 フクロウは、
 ゆっくりと一歩退いた。

「それでいい」

 その声は、管理者のものではなく、まるで親のようだった。

「覚悟だけは、誤るな」

 光の箱が、ざわめく。

 未観測領域が、次の層へと道を開き始めていた。

 観測者と、それを止められなかった管理者。

 世界は、もう後戻りできないところまで来ていた。

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