その鵲は、空の裏側を知る~第9章 未観測領域への潜入~

その鵲は空の裏側を知る

 学園地下――
 普段は封鎖され、地図にも記されていない扉。

 そこには「禁止」というよりも、
 最初から存在しないものとして扱われている空間があった。

 重い音を立てて扉が閉じる。

 その瞬間、空気の質が変わった。

「……ここが、未観測領域」

 カケルの呟きは、
 音としてではなく、意味だけが空間に残る。

 視界に浮かぶのは、
 これまで見たことのない“線”。

 魔力でも、因果でもない。
 それらを束ね、無理やり押し込めたような歪な波形。

(……世界の、縫い目だ)

 触れてはいけないものを、
 無理に縫い止めた痕。

「気をつけて」

 シラサギの声は低く、落ち着いている。

「ここは、普通の人間では“認識できない”領域。見えた瞬間に、精神が拒絶反応を起こす」

「……でも、俺には見えてる」

「そう。だから一緒に来た」

 その言葉が、妙に重かった。

 ●

 一歩、足を踏み出す。

 床が――
 柔らかい。

 だが、沈まない。
 感触だけが、遅れて追いついてくる。

 視覚と触覚が、噛み合っていない。

(……時間が、ズレてる)

 歩くたびに、自分の身体が“一拍遅れて”存在を確定させる。

 ステータスウィンドウが、淡々と警告を流す。

 ――【観測段階:第二層】
 ――【異常感覚:強化】
 ――【因果線歪率:中度】

「視覚だけを信じないで」

 シラサギが言う。

 彼女は迷いなく進んでいる。
 足取りに、一切の躊躇がない。
 まるでこの空間に”慣れている”かのようだ。

「この空間は、世界の骨組みを部分的に隠蔽している。見えているものが、存在するとは限らない」

「……ってことは逆もあるってこと?」

 カケルが少し考えてから問う。

「ええ。存在していても、見えないものもある」

 シラサギは立ち止まり、空中に魔法陣を描いた。

 淡い光が広がり、空間が一瞬”軋む”。

 ――時間の揺れが、わずかに収束する。

「今のは?」

「仮固定。長くは保たない」

(……本当に、慣れてる)

その事実が、カケルの胸をざわつかせた。

 ●

 進むほどに、空間は“悪意”を帯びていく。

 壁が、突然透ける。
 その奥にあるのは、何もない虚空。

 天井からは魔力とも液体ともつかない“雫”が落ちる。

 その雫に触れた瞬間、指先の感覚が消えた。

「……っ」

「触らないで。その雫は感覚を“切り取る”わっ!」

 シラサギが鋭く注意をした瞬間、影が動いた。

 その影は、二人の動きを半拍先取りするように、同じ動作をなぞった。

「……敵?」

「違う」

 シラサギが即答する。

「世界の自己防衛反応。ここに入る資格があるかを、試している」

 影の攻撃が来る。
 シラサギの言っている意味は、半分理解できたが半分は理解できなかった。
 それでも、そういうものだと受け入れる。

 影の攻撃をカケルは、反射ではなく“予測”で避けた。

 線が、未来の軌道を描いている。

 ――【行動予測 展開】
 ――【感覚負荷:上昇】

(……見えるほど、消耗する)

 タカがいれば、力で押し切れるだろう。

 だが今は、情報を処理するのはカケル1人だ。

 ――【次警告:観測過剰】

 頭の奥が、じん。と痛む。

 ●

 やがて、空間が開けた。

 巨大な空洞。

 そこに浮かぶのは――
 無数の“光の箱”。

 一つ一つが、
 小さな世界の断片。

「……これが」

 カケルは言葉を失った。

「世界の試作層」

 シラサギが、淡々と告げる。

「管理者たちは、ここで世界を作り、壊し、選別している」

 光の箱の中に、見覚えのある景色が一瞬だけ映る。

 ――学園。
 ――空。
 ――誰かの笑顔。

「……フクロウも?」

「ええ。カラスも」

 シラサギは、視線を逸らさない。

「この場所に、繋がっている」

 カケルは、無意識に手を伸ばしていた。

 触れた瞬間――

 ――【第三層 接近】
 ――【不可逆変化:局所発生】

 視界が、焼ける。

「……っ、これ……!」

「離れて!」

 シラサギが、強く腕を掴む。

「まだ早い!それは“越える”選択!」

 ●

 光の箱が、膨張する。

 空間が歪み、
 時間がねじれる。

 上下の感覚が消え、
 重力が、意味を失う。

「カケル、意識を固定して!」

 シラサギが、無理やり魔法陣を展開する。

 結界が張られ、空間が、悲鳴のような音を立てて安定する。

 だが――
 彼女の肩が、僅かに揺れた。

(……無理してる)

 カケルは、観測能力を“抑えながら”使う。

 安全なルートだけを抽出し、
 最低限の線だけを見る。

 二人は、重力が戻る瞬間に、床へ着地した。

 ●

 空洞の中心。

 二人は、しばらく言葉を失っていた。

「ここから先……」

 カケルが、静かに言う。

 失った聴覚。
 増えすぎた視界。
 戻れないこと。

 これら全てのことを、飲み込んで。

「……進むしかない」

 シラサギは、わずかに微笑んだ。

「ええ」

 そして、はっきりと断定する。

「私は、あなたと行く」

 世界の核心へ。

 観測者と、最初から知っていた者。

 未観測領域の奥で、
 “選別”の先にある真実が――
 二人を待っている。

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