その鵲は、空の裏側を知る~第4章 夜に現れるフクロウ~

その鵲は空の裏側を知る

 深夜。
 魔法学園《アヴィア》を包む静寂は、昼間のそれとは質が違っていた。

 人の気配が完全に消え、建物も、大地も、空気さえも――
 世界そのものが、呼吸を止めているような感覚。

 カケルは、ベッドの上で目を閉じたまま、眠れずにいた。

 耳は、まだ鈍い。
 音は聞こえる。だが、確かに遠い。
 自分が世界から、ほんの一歩だけ離されたような感覚。

(……これが、代償)

 胸の奥に、小さな恐怖が沈殿している。
 《エラー検知》を使った事実が、じわじわと現実になっていく。

 そのとき――

 コツン。

 乾いた音が、窓ガラスを叩いた。

「……?」

 心臓が一拍、遅れて跳ねる。

 カケルは慎重に身を起こし、カーテンを指先でつまみ、ほんの少しだけ開いた。

 月明かりの中。
 窓の外の手すりに、一羽のフクロウが止まっていた。

 異様なほど大きい。
 羽毛は闇を吸い込むように暗く、何よりその目は――

 まるで、人間のような知性が宿っている。

「……フクロウ?」

 その瞬間。

 世界が”凍りついた”。

 風が止み、
 雲の流れが静止し、
 遠くの時計塔の針が、ぴたりと動きを止める。

 ――【時間同期 一時停止】

 赤い警告が、これまでで一番はっきりと浮かび上がった。

(……時間、止まってる?)

 背筋が冷える。

 フクロウが、ゆっくりと首を回した。
 骨が軋むような、不自然な動き。

「正確には――君以外が止まっている」

 声は、空気を震わせなかった。
 直接、頭の内側に響く。

「こんばんは、観測者」

 喉が、無意識に鳴った。

「……喋った」

「そう驚かないでほしい」

 フクロウは淡々と言葉を続ける。

「私はフクロウ。この世界の“管理補助”を担っている存在だ」

 管理。
 その言葉に、胸がざわつく。

「……管理、補助?」

 フクロウは一度だけ、翼を広げた。
 月光に照らされた影が、壁に奇妙な幾何学模様を描く。

「君のスキル、《エラー検知》」

 一拍置いて。

「本来は、私たちのための機能だ」

「……俺たち?」

「世界を監視し、修正し、維持する存在」

 カケルの視界に、赤い警告が滝のように流れ始める。

 ――【管理権限 競合】
 ――【非正規観測者 確認】

(……想定外)

(俺は、最初から予定にない存在なんだ)

「どうして……俺なんですか」

 問いは、震えていた。

 フクロウは、わずかに沈黙した。
 その沈黙が、妙に“重い”。

「本来、付与されるはずではなかった」

 静かな断定。

「だが、世界は今――誤差が多すぎる」

 次の瞬間。

 カケルの視界に、学園全体を覆う無数の赤い線が浮かび上がった。

 ――【世界安定度:低下】

「修正が……追いつかない?」

「その通り」

 フクロウは否定も誇張もせず、事実だけを告げる。

「だから世界は、偶然を装って君を選んだ。自らの異常を、内部から見つけるために」

 背中に、ぞくりとしたものが走る。

「……それで、代償が?」

 フクロウは、答えなかった。
 否定も、肯定も。

「観測には、必ずコストがかかる。それは世界の法則だ」

 月光が、フクロウの瞳を鋭く照らす。

「だが安心してほしい」

 一瞬、声に“感情らしき揺らぎ”が混じった。

「君が壊れる前に――選択の時は来る」

「選択……?」

「世界を守るか」

 わずかな間。

「それとも――世界の仕組みそのものを、拒絶するか」

 その瞬間。

 時間が、再び流れ出した。

 風が吹き、
 雲が動き、
 遠くで鐘が鳴る。

 窓の外には、もうフクロウはいなかった。

 ただ一枚、白い羽根だけが、手すりに残されている。

 カケルは窓を開け、それをそっと拾った。

 手のひらに乗った羽根は、夜気の中で、不思議なほど温かかった。

(俺は……何に巻き込まれたんだ)

 その夜。

 ステータスウィンドウに、新たな表示が追加される。

 ――【観測段階:第一層】
 ――【次段階解放条件:未定】

 最弱の鳥は、知ってしまった。

 この世界には、正しさを決める存在がいるということを。

 そして――
 自分が、その想定外であるということを。

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