未観測領域の奥。
光の箱が静かに浮かぶ空間で、カケルは一人立ち尽くしていた。
シラサギは結界の外で調整をしている。
フクロウの気配も、すでに遠い。
――今、この瞬間。
誰も、彼を観測していない。
(……静かだ)
音はもうほとんど感じない。
代わりに、空間の“意味”だけが流れ込んでくる。
光の箱の1つが、微かに震えた。
カケルは、それを無意識に見てしまう。
箱の内側に映るのは――
もしも、自分が選ばなかった未来。
・何も知らないまま、学園で過ごす自分
・スズメと笑い合い、タカと競い合う日常
・世界の歪みに、気づかないまま終わる人生
(……ああ)
胸が、僅かに締め付けられる。
それは、第三層に進めば
二度と戻れない場所だった。
(俺は……)
指先が、震える。
世界を守るためだ。
仲間を守るためだ。
正しい選択だと、頭では分かっている。
――でも。
(……怖い)
その感情はどんな警告ウィンドウにも表示されない。
観測者としては、不要なノイズ。
だが、人間としては――確かな本音。
カケルがそれをしっかりと認識した瞬間、
空間が、それらを拒絶するように歪んだ。
光の箱が一斉に距離を取り、
因果線が、わずかに乱れる。
――世界が、理解したのだ。
「この観測者は、先へ進む」
という未来を。
――【観測対象:カケル】
――【危険度:上昇】
――【第三層侵入許容率:未承認】
見えないはずの情報が、
世界側の意思として流れ込む。
(……拒まれてる)
それでも、カケルは足を止めなかった。
震える手を、強く握りしめる。
「……それでも」
声は、もう届かない。
だが、意味は空間に刻まれる。
「俺は……知った以上、戻らない」
その選択が確定した瞬間――
光の箱の一つが、ゆっくりと“色”を変えた。
白でも、赤でも黒でもない。
深く、底の見えない色。
第三層への、入口。
遠くで、シラサギが振り返る気配がする。
だが、彼女は何も言わない。
言えないのではない。
――もう、言葉の段階ではないからだ。
カケルは、ゆっくりと一歩踏み出す。
世界が、息を止めた。
次の瞬間、
観測段階・第三層が、
彼を拒みながら、受け入れた。
