深層は、静かだった。
あれほど荒れていた因果線が、
今はゆっくりと呼吸するように揺れている。
(……一応、成功……か)
そう思った瞬間、視界の端で赤い線が1本消えた。
(……?)
慌てて観測を集中させる。
――ない。
さっきまで確かにそこにあったはずの因果。
学園の、誰かの日常に繋がる線。
それが――
(切れた……?)
理解するより先に、胸の奥がひどく冷えた。
冷たい石を丸のみしたかのような感覚。
冷たくて重い――
第三層では、
“見えなくなる”ということは、
“存在しなくなる”ことに近い。
(……俺が、触ったせいか)
ほんの局所的な修正。
ほんの小さな選択。
それでも、
世界はちゃんと代償を取る。
「……気づいた?」
隣でシラサギが小さく問いかけた。
「何か、失われた線がある」
カケルは正直に答えた。
シラサギは目を伏せる。
「第三層では……それが普通よ」
「救うたびに、何かが零れる」
「……全部は、守れない?」
「ええ」
即答だった。
その一言が、どんな警告より重く胸に落ちる。
タカは少し離れた場所で、何も言わずにこちらを見ていた。
(分かってる……)
俺の選択が、誰かの世界を削るということを。
それでも――
進まなきゃいけないことも分かっている。
視界に、ステータスが浮かぶ。
――【第三層安定:一時】
――【未回収因果:複数】
一時、か。
(……猶予は、もう少ししかない)
拳を握る。
感覚は鈍い。
でも、意志だけは、まだはっきりしている。
(次は……もっと大きな選択だ)
守るか。
切るか。
選ばなかったものは二度と戻らない。
深層の光がわずかに色を失った気がした。
