……音が、欠けている。
いや違う。
音はある。
ただ届かない。
右側。
いや、左か。
どちらだったか、もうわからない。
床に触れているはずの手が遠い。
触覚が記憶みたいに遅れてくる。
――生きている?
その問いすら、輪郭を失っている。
因果線が見える。
無数。
絡まり、切れ、光っては消える。
以前は、意味があった。
今はただ、“在る”。
呼吸をしてみる。
息を吸って、吐く。
胸が上下しているのは見える。
でも、苦しいのかどうかがわからない。
「……」
声を出そうとして、やめる。
言葉はまだ危険だ。
崩れたら戻れない気がする。
守った。
――何を?
世界?
学園?
仲間?
全部正しいはずなのに、
どれも手応えがない。
代償。
その言葉だけがはっきりしている。
失ったものはもう戻らない。
取り戻そうとした瞬間、きっと“次”を失う。
……それでも。
因果の奥で、微かに光る線がある。
細く、弱く、だが確かに“続いている”。
ああ。
これは――
選んだ未来だ。
立てない。
まだ。
でも終わっていない。
終わらせない。
誰のためかは、今は考えない。
考えたら、壊れる。
ただ――
次に目を開いたとき、
世界がまだそこにあるなら。
それでいい。
……意識が沈む。
深層の静寂が、カケルを包み込む。
●
カケルの瞳から因果線が静かに消えていくのを見て、私は――彼が世界に戻ってこられるかどうかを、初めて“計算ではなく祈り”で判断しようとしている自分に気づいた。

