その日から、俺はスズランと距離を取った。
廊下ですれ違っても、視線を逸らす。
声をかけられても、聞こえなかったふりをする。
露骨すぎる態度に、クラスの空気が変わった。
「……最近、アスターどうしたの?」
「スズラン、避けられてない?」
ひそひそと囁く声が、背中に刺さる。
それでも、触れなければいい。
関わらなければ、未来は変わるはずだ。
――そう、信じたかった。
昼休み。
俺は一人、校舎裏のベンチに座っていた。
誰もいない。
安全な場所だ。
そのはずだった。
「アスター先輩!」
明るい声と同時に、影が落ちる。
モモだった。
小柄で、人懐っこくて、距離感が近い後輩。
「探しましたよー。今日、一緒に帰れるかなって」
「……無理だ」
即答した。
彼女は一瞬きょとんとして、それから笑う。
「またまた〜。冗談ですよね?」
冗談じゃない。
俺は立ち上がり、距離を取ろうとした。
その瞬間――
モモがつまずき、
俺の腕を掴んだ。
視界が歪む。
嫌な予感が、確信に変わる。
未来が、流れ込んできた。
夕暮れの横断歩道。
青信号。
無邪気に駆け出すモモ。
――そして、止まらないトラック。
「……っ!」
俺は思わず息を呑んだ。
確定している。
回避不能な、即死の未来。
《死亡フラグを確認しました》
《対象:モモ》
《発生要因:接触》
《回避難易度:Lv3》
頭が真っ白になる。
スズランを避けた。
触れないようにした。
なのに。
「せんぱい? どうしました?」
何も知らないモモが、俺を見上げている。
選択肢が、浮かぶ。
――モモを避け続ける。
――事故現場に近づけない。
――未来を変える。
でも、分かってしまった。
スズランを避けた結果、
死亡フラグは、別の誰かに移った。
誰かを救えば、
誰かが代わりに死ぬ。
胸が、ひどく痛んだ。
「……もう、俺に近づくな」
絞り出すように言う。
「え?」
「危ないんだ。俺の周りにいると」
モモは一瞬、固まった。
それから、無理に笑った。
「それ、ひどいですよ。
理由も言わずに」
その声が、少し震えていた。
俺は何も答えられなかった。
放課後。
校舎の廊下で、スズランを見かける。
彼女は立ち止まり、俺を見た。
何か言いたそうに口を開いて――
でも、何も言わず、目を伏せた。
その瞬間、確信した。
距離を取ることは、正解じゃない。
でも、近づくことも、許されない。
どの選択肢にも、救いがない。
ポケットの中で、スマホが震える。
《世界難易度が上昇しました》
《現在:Lv2》
《警告:同時多発フラグ発生の可能性》
画面を見つめながら、俺は思った。
――俺は、何を守ればいい?
一人の命か。
それとも、世界そのものか。
答えは、どこにもなかった。

