『クラス最底辺の俺、触れたヒロインの死亡フラグが見えるんだが助けたら世界が壊れそう』 ――助けたいだけなのに、選択肢が残酷すぎる~第35花 書かないと決めた名前~

フラ壊

 ノートを開いた瞬間、視界が歪んだ。

 ――見えた。

 赤い文字。
 今まで何度も見てきた、あの“終わりの予兆”。

 ページはまだ白い。
 なのに、そこに“あるはずの名前”が、はっきりと浮かんでいる。

「……嘘だろ」

 喉から、掠れた声が漏れた。

 俺は、この名前だけは書かないと決めていた。
 どんなことがあっても。
 見えたとしても、見なかったことにすると。

 それなのに。

 ノートを持つ手が、震えている。

 赤い文字は、いつもより近かった。
 “可能性”じゃない。
 “回避されなかった未来”の色をしている。

「まだ……だろ」

 小さく呟いて、周囲を見回す。
 教室は静かだ。
 放課後の時間。人影はまばらで、誰も俺に気づいていない。

 ――今なら、間に合う。

 頭の中で、何度も同じ声が繰り返される。

 書けば助かる。
 書かなければ、終わる。

 そのシンプルすぎる二択が、ここまで重いとは思わなかった。

 ペンを持つ指が、ページに触れる。

 名前の一文字目。
 それだけで、胸が締め付けられた。

 これは“助ける”行為だ。
 今までと同じ。

 なのに、同時に理解してしまう。

 ――これを書いた瞬間、俺はもう戻れない。

 ダリアの言葉が、脳裏をよぎる。

『選ばなかった未来も、全部あなたの責任になるんだよ』

 スズランの顔が浮かぶ。
 何も知らないまま、俺を信じている目。

「……くそ」

 ペン先が、わずかに沈む。

 インクが滲みかけて、俺は慌てて手を止めた。

 まだ書いていない。
 でも、“書こうとした”事実だけで、心臓がうるさい。

 ――本当に、助ける資格があるのか?

 俺は、ただ怖いだけじゃないのか。

 救えなかった時の罪を、
 “選ばなかった”という言い訳で誤魔化したいだけじゃないのか。

 ページを閉じる。
 強く、強く。

 ノートが、やけに重かった。

 赤い文字は、閉じたはずなのに消えない。
 まるで、次に開く瞬間を待っているみたいだった。

 その時――

「……今、何書こうとしてたの?」

 背後から、静かな声。

 心臓が跳ね上がる。

 振り返るより先に、分かってしまった。

 このタイミングで、
 この距離で、
 この問い方をするのは――

 逃げ場は、もうなかった。

タイトルとURLをコピーしました