『クラス最底辺の俺、触れたヒロインの死亡フラグが見えるんだが助けたら世界が壊れそう』 ――助けたいだけなのに、選択肢が残酷すぎる~第37花 何も知らない未来~

フラ壊

 スズランは、いつも通りだった。

「ねえアスター、卒業したらどうする?」

 放課後の廊下。
 部活帰りの生徒が行き交う中で、彼女だけがやけに穏やかな声をしていた。

「……急だな」

「急じゃないよ。もうすぐ三年だし」

 スズランは歩きながら、鞄の紐を両手で持つ。
 少し前かがみになる、いつもの癖。

「私さ、あんまり将来の夢とかないんだけど」

 それを聞いた瞬間、
 ノートの赤い文字が脳裏をよぎる。

 ――未確定。
 ――条件付き。
 ――分岐点、複数。

 俺は何も言えなくなる。

「でもね」

 スズランは楽しそうに続ける。

「高校出たら、ちゃんと一人暮らししてみたいなって思ってる」

「……一人で?」

「うん。最初は大変だろうけど」

 彼女は笑った。

「失敗しても、生きてれば何とかなるでしょ」

 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。

 生きてれば。

 その言葉が、こんなにも重いなんて。

「それでさ」

 スズランは立ち止まり、俺の方を向く。

「アスターは?」

「……俺?」

「将来。何するの?」

 答えられなかった。

 俺の将来は、
 彼女の未来と、すでに絡みついている。

「決まってないならさ」

 スズランは、少し照れたように視線を逸らす。

「同じ街にいられたらいいなって思うんだ」

 息が止まる。

「偶然でもいいし。
 たまたま電車で会うとか」

 そんな未来は、
 ノートには一度も出てこなかった。

「別に、約束とかじゃないよ?」

 慌てて付け足す。

「ただ……想像すると、ちょっと安心するだけ」

 俺は、彼女の顔を見られなかった。

 見てしまったら、
 “書かないと決めた名前”を思い出してしまう。

「ねえ」

 スズランが、不思議そうに首を傾げる。

「最近、元気ない?」

「……そう見えるか」

「うん。前よりずっと」

 少し困ったように笑う。

「私、アスターが黙ってる時の方が怖いんだけど」

 ――それは、知らないからだ。

 俺が何を見て、
 何を選ばされているかを。

「大丈夫だよ」

 スズランは、何も疑わずに言った。

「どんな未来でも、
 ちゃんと話せば何とかなるって」

 その言葉は、
 この世界で一番、残酷だった。

 話してどうにかなるなら、
 俺はもうとっくに話している。

 でも――

「じゃあね」

 スズランは手を振る。

「また明日」

 その背中を、
 俺は見送ることしかできない。

 ノートを開けば、
 彼女の未来は変えられる。

 でも、変えた瞬間――
 この“何も知らない笑顔”は、もう戻らない。

 俺は、制服のポケットに入れたペンを握りしめた。

 まだ、書いていない。

 それだけが、
 今の俺に許された唯一の逃げ道だった。

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