ダンジョン内部――
俺は勇者と対峙していた。理由は明白である。
――久しぶりに戦うつもりだからだ。
「お、魔王本人?」
勇者は軽い調子で言った。
相変わらず余裕そうだな。
そもそもが、勇者を倒しさえすればこの苦難は超えられるんだ。
「今日は直で来たんだ? イベント前の余興ってやつ?」
おのれ勇者め! 剣を抜く気配すら見せないとは。
勇者という称号は、この世界では珍しくない。
名声と報酬を求め、何人もの勇者が魔王城に挑んできた。
そして――ここで勇者が敗れた前例は、一度もなかった。
転生してからいくつか分かったことがある。
この壊れきった世界では、勇者は勝つようにできている。
どんなに魔族が努力しても絶対に勝てない構造。
世界の理とでも言おうか……
「……」
俺は勇者に返事をせず、何の前触れもなく魔力を解放した。
――少なくとも魔族側には、俺が突然魔力を解放したように感じたはずだ。
解放した魔力が空気を歪めて、床に亀裂を走らせた。
これ以上は城がもたない――そう分かっていても、止めなかった。
魔王としての、本気だ。
「へえ」
勇者が、ほんの少しだけ目を細める。
「その感じ、嫌いじゃない」
次の瞬間。
――世界がひっくり返った。
何が起きたのか理解する前に、
俺の体は壁に叩きつけられていた。
「……がっ」
肺の空気が一気に抜ける。
必死に肺に空気を送り込もうとして、焦って逆に息ができなくなる。
「遅い」
気がつけば、腹に一撃攻撃を受ける。
せっかく取り入れた空気がまた逃げて行く……
鈍い音がして、床を転がる。
「弱いってほどじゃないんだけどさ」
再び蹴り。
「“分かりやすすぎる”んだよ」
俺は立ち上がろうとした。
精一杯空気を取り込んで起き上がり、反撃の一撃をお見舞いする!
魔力を集め、詠唱を――
「はい、そこ」
勇者が持つ剣の切っ先が喉元に突きつけられる。
背中をヒヤリと冷たい汗が零れ落ちる。
「言ったよな? 分かりやすすぎるし遅すぎるって」
今にも喉元を掻っ切られそうだ。
喉から少し血が滲む。
ダメだ。勝てない――
「さ」
喉元に突きつけた剣を肩に担ぎながら、心底つまらなさそうに言う。
「もういい?」
俺は、何も言えなかった。
同意するほかあるまい。
勇者にとって俺は……魔王は殺すまでもない存在なのだ――
勇者は一度だけ剣を振り、空を切るとそのまま鞘に戻した。
「うーん……」
勇者は辺りを見回し、肩をすくめる。
「正直さ」
俺の本能が言ってる。
やられる――と。
反射的に一歩後ろへ後ずさりする。
「飽きた。つまんないから帰るわ」
勇者はそれだけ言って背を向けた。
「は?」
思わず声が口から零れた。
「また気が向いたら来るかもだけど」
足音が遠ざかっていく。
助かった……のか?
「次は殺しちゃうかもしれないから」
ギクリとした。
遠回しに歯向かうなと言われた気がした。
だがそれでは、ただやられる日を怯えて待つしかないではないか……
「あ。そうだ」
ふと思い出したように勇者が振り返る。
「あれは良かったぞ。たいけんがた? あれまたやってくれよ」
誰も反論できなかった。
勇者は意気揚々と帰路につく。
その姿を遠目に見ることしかできなかった……
俺は仰向けのまま、天井を見つめる。
痛みはある。
悔しさも、ある。
だが、それ以上に。
「……なるほどな」
自然と、声が漏れた。
戦っても、勝てない。
本気でも、退屈させるだけ。
こうして、第3娯楽は失敗に終わった。
いや、正確には――
“戦うことが娯楽にならない”と判明した、最も重要な娯楽だった。
だから俺は決めた。
”戦場を変える”。

