勇者は足を止めていた。
ダンジョンが明らかに今までとは違う様子だからだ。
目の前には三本の通路。
一つは妙に整えられた石畳の道。
一つは壁に派手な装飾が施されたやけにうるさそうな道。
そしてもう一つは――照明も装飾もなく、何も起きそうにない暗い道。
「……なんだこれは?」
勇者が呟くと、背後から控えめな咳払いが聞こえた。
「恐れながらご説明申し上げます」
声の主は四天王の一人だった。今日は戦闘用の装備ではなく、どこか案内係めいた格好をしている。
「こちらは新たな娯楽にございます」
「娯楽?」
「はい」
四天王が頭を下げる。
「人は、結果より“選ぶ時間”を楽しむ生き物だとか」
勇者は眉をひそめる。
「それって、つまり……」
「結果については、一切の保証はございません」
四天王はきっぱりと言った。
「どの道を選ばれても、何が起きても、
それは勇者様ご自身の選択ということで」
責任を負わない、と言外に告げている。
「ふーん……」
勇者は三つの通路を見比べた。
派手な通路は、いかにも何か起きそうだ。
静かな通路は、戦闘以外の気配がある。
何も起きない通路は――逆に、何が起きないのか分からない。
「説明はそれだけか?」
「はい。恐れながら」
「どれが一番盛り上がるとか?」
「……分かりかねます」
勇者は鼻で笑った。
「ずいぶん投げやりだな、魔王城」
だが、剣を構えない。
代わりに、顎に手を当てて少し考える。
「派手なのは、たぶん予想通りだ。
静かなのは……まあ、無難か」
視線が、最後の通路に移る。
「何も起きない、か」
勇者は一歩、踏み出した。
「……今日はこれにする」
暗い通路へと、迷いなく。
暗い通路は、静かすぎた。
自分の足音だけが、まるで誰かに聞かれているように響く。
四天王は何も言わず、一礼した。
しばらくして。
通路の奥から、勇者の声が響く。
「なあ」
少しだけ、楽しそうな声だった。
「……これ、次も選ばせてくれるんだよな?」
その問いに、四天王は答えなかった。
答える必要がなかったからだ。
勇者はまだ、魔王城の中にいる。

