どうせ勝てないので、魔王は勇者を楽しませることにしました~第20娯楽~

どうせ勝てない魔王

 それは、最初は些細なことだった。

「……また食糧庫の鍵が合わない?」
「昨日までは普通に使えてたのに……」

 管理を任されている女性が首をかしげる。
 鍵穴が微妙に歪められている。だが、力任せに壊された形跡はない。

 “偶然”にしては、出来すぎていた。

 ●

 午後になると、今度は別の場所で問題が起きた。

「水圧が落ちてる!? 畑の方まで水が届かないぞ!」
「午前中に点検したときは問題なかったのに……」

 農作業をしていた人間たちと魔族たちが困惑する。
 水路の弁が、ほんのわずかだけ閉められていた。

 完全に止めればすぐに異変に気づく。
 だが、「なんとなく調子が悪い」程度に操作されている。

 悪意は、確実に知性を持っていた。

 ●

 夕方。

 メルキオのもとに、複数の報告が集まっていた。

 ・食糧庫の鍵の異常
 ・水路の弁の微調整
 ・倉庫内の資材配置の不自然な変化
 ・伝令用の掲示板に、紛らわしい内容の紙が貼られていた

 どれも致命的ではない。
 だが、すべてが“方向性を持って”いた。

「……偶然ではないですね」

 メルキオの前に立つのはレイだった。

 以前のような荒さはない。
 だが警戒心だけは誰よりも鋭くなっていた。

「誰かが城の機能を理解して動いてる」
「……ええ。内部構造、生活導線、人の配置……」

「外部の人間が、行き当たりばったりで出来ることではありません」

 レイの言葉にメルキオは小さく頷いた。

「……城の中にいます」
「……だよな」

 レイがメルキオの言葉に頷くと、短い沈黙が流れた。

 重たい空気が二人の間に落ちた。

「……どうする?」
「まだ炙り出せません」

 早すぎる対応は相手に警戒を与える。
 慎重すぎる対応は被害を広げる。

 その均衡の上に、魔王城は立たされていた。

 ●

 その夜。

 誰もいないはずの倉庫で、また2つの影が向かい合っていた。

「……動きが鈍いな」
「まだ“こちら”の存在に確信は持っていない」

「だが時間は与えられない」
「分かっている。次の段階に進む」

 ひとりが小さな布包みを取り出す。
 中にあるのは、金属製の部品のようなものだった。

「これは?」
「城の基幹構造に“負担”をかけるための仕掛けだ」

「崩すわけではない。だが――」
「“機能しなくなる”程度には壊せる」

 もう1人は、しばし黙ったあと静かに頷いた。

「……ここは、人が集まりすぎた」
「そうだ。居場所は人を集める」

「人が集まれば思想が生まれる」
「思想はいずれ“国”になる」

「……だから、ここは止めなければならない」

 正義でも悪でもない。
 ただ、“任務”という名の判断だった。

 ●

 翌朝。

 城の中心部、会議室に近い回廊で異変が起きた。

 床の一部がわずかに沈んだのだ。

 落ちるほどではない。
 だが、確実に「建物として異常」な歪みだった。

「……これは、もう偶然じゃない」

 集まった人々の中で誰かがそう呟いた。

 その言葉に誰も反論できなかった。

 ●

 メルキオは、ひとりで中庭を歩いていた。

 笑い声はまだある。
 子どもたちはまだ走り回っている。
 食事の匂いも変わらない。

 だが――

 人々の表情には、確かに「不安」が混じり始めていた。

「……居場所が揺らぎ始めるとき、人の心はこんなにも早く……」

 そのとき。

 遠くで何かが倒れる音がした。

 大きな被害ではない。
 怪我人も出ていない。

 それでも――

 人々は一斉に、音のした方向を見た。

 笑いが止まり、空気が張りつめる。

 “何かがおかしい”
 その感覚が、城全体に伝染していく。

 メルキオは静かに拳を握った。

「……次は、もっと分かりやすく来る」

 それは予感ではなかった。
 確信だった。

 見えない敵は、すでに“次の手”を打ち始めている。

 そして魔王城の「日常」は、
 静かに、しかし確実に――崩れ始めていた。

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