勇者たちが集まる街の酒場は、今日も騒がしかった。
「なあ、聞いたか?」
酒をあおった冒険者が、声を潜める。
「この前来た勇者がさ……魔王城から、帰らなかったらしい」
「は? 死んだんじゃなくて?」
「いや、生きてる。
剣も折れてないし、呪いも受けてない」
向かいの男が首をかしげる。
「じゃあ、負けたのか?」
「それも違うらしい」
誰も、はっきりしたことを言えない。
「なんかよ……
“選ばされた”って話だ」
「選ぶ?」
ますます分からないという顔をして、前のめりに話しを聞く。
「道を、だとか。
三つあって……」
「派手なのと、静かなのと、
何も起きないやつ?」
一瞬、卓が静まる。
「……それ、誰から聞いた?」
「別の勇者だ。
そいつも詳しくは知らねえ」
「じゃあ嘘じゃねえか」
「さあな。でも――」
冒険者はグラスを置いた。
「そいつ、魔王城の前で三日待ってたんだと」
「……は?」
「『もう一回入りたい』って言って」
笑い声が起きる。
「馬鹿だろ」
「普通は帰る」
「魔王討伐だぞ?」
だが、誰もその話を打ち消せない。
噂は、妙に引っかかる。
●
その数日後。
一人の勇者が、魔王城の前に立っていた。
「帰らなかった勇者、か……」
期待はしていない。
ただ、気になっただけだ。
門は、今日も開いている。
中へ進むと、やがて例の場所に出た。
三本の通路。
説明はない。
派手。
静か。
何も起きない。
「……噂と同じだな」
勇者は、少し考えた。
酒場で聞いた話では、
派手な道は騒がしく、
静かな道は妙で、
何も起きない道は――何も起きないらしい。
「信用できねえ」
そう呟いて、静かな通路を選ぶ。
歩き出して、すぐに分かった。
これは、噂と違う。
だが――
「……悪くない」
勇者は足を止めなかった。
●
その夜。
酒場では、また別の話が流れる。
「聞いたか?
今度の勇者は“静かな道が良かった”ってよ」
「いや、何も起きない道が一番だって聞いたぞ」
「派手なのは二度と選ばねえってさ」
どれも、少しずつ違う。
正解は、誰にも分からない。
分かっているのは、一つだけだ。
――最近、
魔王城から、すぐに帰る勇者が減っている。
