城門の見張りが、最初に気づいた。
「……また来ます」
その声は、淡々としていた。
だが、城内の空気は一瞬で凍りついた。
砂煙。
規則正しい隊列。
掲げられた王国旗。
討伐部隊だった。
●
城内は、混乱にはならなかった。
むしろ、静かすぎるほどだった。
「……やっぱり来たね」
「……当然だよね……」
人々の声には、諦めが混じっていた。
以前なら、誰かが言っていたはずだ。
「魔王様がいるから大丈夫だ」
「ここは守られている」
「魔王様が、私たちを守ってくれる」
だが今は違う。
「……魔王様……どうするんだろ……」
「……本当に……信じていいのかな……」
その言葉が、すべてだった。
●
城門前。
討伐部隊の隊長が、前に出る。
「――魔王に告げる」
拡声の魔道具が、冷たい声を城に投げつける。
「魔王城は、依然として世界秩序に対する脅威である」
「本日をもって、最終制圧作戦を開始する」
城内の人々が、息を呑む。
「なお――」
隊長の声が、わずかに低くなる。
「すでに城内には、我々の協力者が存在する」
「これ以上の抵抗は、無意味だ」
ざわり、と空気が揺れた。
協力者。
つまり、スパイがいる。
誰かが、城内にいながら王国側についている。
誰が?
どこに?
どれだけ?
疑念が、一気に広がった。
●
「……やっぱり……」
誰かが呟いた。
「……魔王様が……外と……」
「……繋がってたんじゃ……」
その言葉は、確証などなかった。
だが、今の空気には十分だった。
疑いは、理由を必要としない。
「そうかもしれない」という想像だけで、十分に広がる。
人々は、無意識に魔王から距離を取っていく。
魔族でさえも。
「……もし……本当に……」
「……私たち……利用されてただけ……?」
●
その時。
城内の一角で、悲鳴が上がった。
「……きゃっ!」
小さな声。
子どもの声だった。
振り返った人々の視線の先で、幼い少女が足を滑らせ、崩れかけた瓦礫に向かって倒れかけていた。
――危ない。
誰もがそう思った。
だが、誰も動けなかった。
恐怖ではない。
迷いだった。
「今、動くべきかどうか」
「助けに行っていいのかどうか」
そんな、くだらない逡巡。
だが。
次の瞬間。
黒い影が風のように駆けた。
●
魔王だった。
誰よりも速く、誰よりも迷いなく。
少女の身体を抱き寄せ、瓦礫の下敷きになる寸前で引き戻す。
その直後だった。
崩れていた壁が、完全に崩落した。
ドン、と鈍い音。
粉塵が舞う。
魔王は、少女を庇うように地面に伏せていた。
●
「……魔王……様……?」
少女は、震えながら魔王の衣を掴んでいた。
「……だいじょうぶ……?」
魔王はゆっくりと身体を起こした。
腕から血が流れていた。
瓦礫で深く切っていた。
「……大丈夫ですよ」
優しい声だった。
「あなたが無事なら、それで」
●
だが。
それを見ていた周囲の反応は違った。
「……あれ……」
「……魔王様……怪我……?」
「……なんで……そこが崩れたんだ……?」
「……さっきまで、あんなに危なかった……?」
誰かが、ぽつりと言った。
「……もしかして……」
「……これも……」
言葉の続きは、誰も言わなかった。
だが、空気は確実にそう結論づけていた。
――魔王が、何かしたのではないか。
助けた事実よりも、
怪我をしたという事実よりも、
「疑う材料になりそうな部分」だけが見られていた。
●
魔王は、その視線に気づいていた。
気づいていたからこそ、何も言わなかった。
言い訳もしない。
説明もしない。
ただ、少女の頭を優しく撫でる。
「……もう、大丈夫ですよ」
それだけだった。
●
城門の外では、討伐部隊が動き始めていた。
そして城内では、
誰も魔王の方を見ていなかった。
少女を救ったことも。
怪我をしたことも。
迷いなく動いたことも。
見ていなかった。
ただ、
「……やっぱり……怖い……」
「……魔王様……何を考えてるのか……分からない……」
そんな声だけが、広がっていく。
●
メルキオは、それをすべて見ていた。
拳を、強く握りしめる。
「……これほどまでに……」
人は、信じたいものよりも、
疑える理由を選ぶ。
それが、今まさに起きていた。
そして。
この流れの先にある結末を、
メルキオは、誰よりも正確に理解していた。
「……魔王様……」
扉の向こうにいる主に、心の中で語りかける。
「……それでも、あなたは……」
守るのだろう。
信じられなくなっても。
疑われても。
憎まれても。
誰かの居場所を。
●
こうして、第24娯楽は成立した。
魔王が、確かに「守った」にもかかわらず、
誰にも「守った」と認識されなかった日。
善意が、疑念に覆われた日。
存在が、罪になり始めた日。
そして。
この物語が、
最も残酷な選択へと進み始めた日だった。

