どうせ勝てないので、魔王は勇者を楽しませることにしました~第24娯楽~

どうせ勝てない魔王

 城門の見張りが、最初に気づいた。

「……また来ます」

 その声は、淡々としていた。
 だが、城内の空気は一瞬で凍りついた。

 砂煙。
 規則正しい隊列。
 掲げられた王国旗。

 討伐部隊だった。

 ●

 城内は、混乱にはならなかった。

 むしろ、静かすぎるほどだった。

「……やっぱり来たね」
「……当然だよね……」

 人々の声には、諦めが混じっていた。

 以前なら、誰かが言っていたはずだ。

「魔王様がいるから大丈夫だ」
「ここは守られている」
「魔王様が、私たちを守ってくれる」

 だが今は違う。

「……魔王様……どうするんだろ……」
「……本当に……信じていいのかな……」

 その言葉が、すべてだった。

 ●

 城門前。

 討伐部隊の隊長が、前に出る。

「――魔王に告げる」

 拡声の魔道具が、冷たい声を城に投げつける。

「魔王城は、依然として世界秩序に対する脅威である」
「本日をもって、最終制圧作戦を開始する」

 城内の人々が、息を呑む。

「なお――」

 隊長の声が、わずかに低くなる。

「すでに城内には、我々の協力者が存在する」
「これ以上の抵抗は、無意味だ」

 ざわり、と空気が揺れた。

 協力者。
 つまり、スパイがいる。

 誰かが、城内にいながら王国側についている。

 誰が?
 どこに?
 どれだけ?

 疑念が、一気に広がった。

 ●

「……やっぱり……」

 誰かが呟いた。

「……魔王様が……外と……」
「……繋がってたんじゃ……」

 その言葉は、確証などなかった。
 だが、今の空気には十分だった。

 疑いは、理由を必要としない。
 「そうかもしれない」という想像だけで、十分に広がる。

 人々は、無意識に魔王から距離を取っていく。

 魔族でさえも。

「……もし……本当に……」
「……私たち……利用されてただけ……?」

 ●

 その時。

 城内の一角で、悲鳴が上がった。

「……きゃっ!」

 小さな声。
 子どもの声だった。

 振り返った人々の視線の先で、幼い少女が足を滑らせ、崩れかけた瓦礫に向かって倒れかけていた。

 ――危ない。

 誰もがそう思った。
 だが、誰も動けなかった。

 恐怖ではない。
 迷いだった。

 「今、動くべきかどうか」
 「助けに行っていいのかどうか」
 そんな、くだらない逡巡。

 だが。

 次の瞬間。

 黒い影が風のように駆けた。

 ●

 魔王だった。

 誰よりも速く、誰よりも迷いなく。

 少女の身体を抱き寄せ、瓦礫の下敷きになる寸前で引き戻す。

 その直後だった。

 崩れていた壁が、完全に崩落した。

 ドン、と鈍い音。
 粉塵が舞う。

 魔王は、少女を庇うように地面に伏せていた。

 ●

「……魔王……様……?」

 少女は、震えながら魔王の衣を掴んでいた。

「……だいじょうぶ……?」

 魔王はゆっくりと身体を起こした。

 腕から血が流れていた。
 瓦礫で深く切っていた。

「……大丈夫ですよ」

 優しい声だった。

「あなたが無事なら、それで」

 ●

 だが。

 それを見ていた周囲の反応は違った。

「……あれ……」
「……魔王様……怪我……?」

「……なんで……そこが崩れたんだ……?」
「……さっきまで、あんなに危なかった……?」

 誰かが、ぽつりと言った。

「……もしかして……」
「……これも……」

 言葉の続きは、誰も言わなかった。
 だが、空気は確実にそう結論づけていた。

 ――魔王が、何かしたのではないか。

 助けた事実よりも、
 怪我をしたという事実よりも、
 「疑う材料になりそうな部分」だけが見られていた。

 ●

 魔王は、その視線に気づいていた。

 気づいていたからこそ、何も言わなかった。

 言い訳もしない。
 説明もしない。
 ただ、少女の頭を優しく撫でる。

「……もう、大丈夫ですよ」

 それだけだった。

 ●

 城門の外では、討伐部隊が動き始めていた。

 そして城内では、

 誰も魔王の方を見ていなかった。

 少女を救ったことも。
 怪我をしたことも。
 迷いなく動いたことも。

 見ていなかった。

 ただ、

「……やっぱり……怖い……」
「……魔王様……何を考えてるのか……分からない……」

 そんな声だけが、広がっていく。

 ●

 メルキオは、それをすべて見ていた。

 拳を、強く握りしめる。

「……これほどまでに……」

 人は、信じたいものよりも、
 疑える理由を選ぶ。

 それが、今まさに起きていた。

 そして。

 この流れの先にある結末を、
 メルキオは、誰よりも正確に理解していた。

「……魔王様……」

 扉の向こうにいる主に、心の中で語りかける。

「……それでも、あなたは……」

 守るのだろう。
 信じられなくなっても。
 疑われても。
 憎まれても。

 誰かの居場所を。

 ●

 こうして、第24娯楽は成立した。

 魔王が、確かに「守った」にもかかわらず、
 誰にも「守った」と認識されなかった日。

 善意が、疑念に覆われた日。
 存在が、罪になり始めた日。

 そして。

 この物語が、
 最も残酷な選択へと進み始めた日だった。

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