『クラス最底辺の俺、触れたヒロインの死亡フラグが見えるんだが助けたら世界が壊れそう』 ――助けたいだけなのに、選択肢が残酷すぎる~第31花 それ以上、来るな~

フラ壊

 夕方の教室は、音が少ない。

 カーテンが半分閉められていて、
 西日が床に斜めの光を落としている。

 スズランは、アスターの席の横に立っていた。

 声をかける前から、分かっていた。
 彼は、気づいている。

 気づいていて、
 それでも何も言わずに、ノートを閉じている。

「……アスター」

 名前を呼ぶと、彼はゆっくり顔を上げた。

 目が合う。

 その瞬間、スズランは確信した。

(あ、これ……決めてきた顔だ)

 逃げないための決意。
 そして、誰かを切るための決意。

「話、ある?」

 アスターの声は、いつもより低かった。

「うん」

 スズランは、正直に答える。

「さっき、ダリアと話した」

 アスターの指が、わずかに強張った。

「……そう」

 否定もしない。
 驚きもしない。

「ねえ」

 スズランは、彼の机に手を置いた。

「これ以上、私に何も言わないつもり?」

 アスターは、一瞬だけ目を伏せる。

 それから、はっきり言った。

「……関わるな」

 短い言葉だった。

 でも、教室の空気が一段冷える。

「え?」

 聞き返すと、彼は同じ言葉を繰り返した。

「これ以上、来るな」

 スズランの胸が、きゅっと縮む。

「それ、どういう意味?」

「そのままの意味」

 アスターは、感情を切り落とした声で言う。

「君は、何も知らなくていい」

「もう遅いよ」

 スズランは、首を振った。

「気づいちゃった」

「……それでもだ」

 アスターは、視線を逸らさない。

「これ以上踏み込むと、傷つく」

「私が?」

「君が」

 はっきりとした断言。

「だから、やめろ」

 スズランは、少しだけ笑った。

 苦笑いに近い。

「それさ」

 声が震える。

「優しさのつもり?」

 アスターは、答えなかった。

 その沈黙が、答えだった。

「……私ね」

 スズランは、息を吸う。

「アスターが一人で苦しんでる方が、ずっと嫌」

 アスターの表情が、ほんの少し歪む。

「それに」

 続ける。

「ダリアと二人で、何か決めてる顔してるの、もっと嫌」

 一歩、近づく。

「私、外されたくない」

 その言葉は、弱音だった。

 でも、本音だった。

 アスターは、拳を握る。

「……外れるしかない」

「なんで」

「巻き込めないからだ」

 声が、わずかに荒くなる。

「君まで、選択の中に入れたくない」

「選択?」

 スズランは、目を見開く。

「なにを選んでるの?」

 アスターは、答えなかった。

 代わりに、ノートに手を置く。

 それだけで、十分すぎた。

「……ねえ」

 スズランの声が、小さくなる。

「それ、正しいって思ってる?」

 アスターは、しばらく黙っていた。

 そして、静かに言った。

「正しいかどうかは、どうでもいい」

 スズランの喉が、詰まる。

「必要なんだ」

 その一言が、何より残酷だった。

「だから」

 アスターは、最後に言う。

「君は、関わるな」

 拒絶。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 スズランは、しばらく動けなかった。

 胸の奥が、じわじわと痛む。

「……分かった」

 そう言って、背を向ける。

 でも、扉に手をかけたところで、立ち止まった。

「でもね、アスター」

 振り返らずに言う。

「それ、守ってるつもりでも」

 一拍、置く。

「一人で壊れに行ってるだけだよ」

 返事はなかった。

 スズランは、教室を出た。

 廊下に出た瞬間、足が少し震える。

(……それでも)

 関わるなと言われた。

 拒まれた。

 それなのに――

(……放っておけるわけ、ないじゃん)

 教室に残されたアスターは、深く息を吐く。

 ノートを開く。

 そこには、すでにいくつかの名前が並んでいる。

 彼は、まだ書かれていない空白を見つめた。

 その空白が、
 スズランの形をしていることに、
 気づかないふりをしながら。

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