『クラス最底辺の俺、触れたヒロインの死亡フラグが見えるんだが助けたら世界が壊れそう』 ――助けたいだけなのに、選択肢が残酷すぎる~第29花 気づいてるよ~

フラ壊

 放課後の廊下は、静かだった。

 窓の外から部活の掛け声が遠く聞こえるだけで、
 校舎の中は、まるで時間が止まったみたいに静まり返っている。

 アスターは、階段の踊り場で足を止めた。

「ねえ」

 背後から、よく知った声がする。

 振り返らなくても分かる。
 この距離、このタイミング、この余裕。

 ダリアだ。

「さっきさ」

 彼女は、軽い足取りで近づいてくる。

「スズランと、話してたでしょ」

 アスターの喉が、わずかに鳴った。

「……見てたのか」

「見てたよ」

 即答だった。

 ダリアは、踊り場の手すりにもたれ、夕陽を背にする。

「ずいぶん長かったじゃん。
 ああいうの、あの子すごく苦手なのに」

「……」

 アスターは、何も言えない。

 ダリアは、彼の沈黙を楽しむように、くすっと笑った。

「で?」

 視線が、まっすぐ突き刺さる。

「どこまで話した?」

「……核心は、何も」

「ふーん」

 その返事に、ダリアは首を傾げた。

「じゃあ、逆に聞くね」

 声が、少しだけ低くなる。

「アスターは、あの子が“気づいてない”と思ってる?」

 胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。

「……勘づいてはいると思う」

「でしょ?」

 ダリアは、満足そうに笑った。

「もう、とっくに気づいてるよ。
 ノートの中身までは知らなくても、
 “何かがおかしい”ってことくらい」

 アスターは、思わず一歩後ずさる。

「……どうして、そんなに断言できる」

「だって」

 ダリアは、人差し指で自分のこめかみを軽く叩いた。

「スズラン、観察型だもん。
 しかも、アスターのこと限定で」

 その言葉は、妙に生々しかった。

「目線。距離。沈黙の長さ。
 全部、拾ってる」

「……」

「今日の質問もさ」

 ダリアは、楽しそうに続ける。

「“聞いてないふりして、全部聞く”やり方だったでしょ」

 アスターの脳裏に、放課後の会話が蘇る。

 ――危ないことじゃないよね?
 ――ちゃんと一人で決めてる?

 あれは、探りだった。

「ねえ」

 ダリアは、一歩近づく。

「怖くない?」

「……何が」

「スズランが、真実に近づくこと」

 その距離は、近すぎた。

 でも、触れない。

 触れないからこそ、逃げ場がない。

「彼女はさ」

 ダリアは、囁くように言う。

「止めるよ。
 泣いて、怒って、説得して」

「……」

「それでも止まらなかったら」

 ダリアの声が、少しだけ冷たくなる。

「壊れる」

 その一言が、重く落ちた。

「アスターは、どっちがいい?」

「……」

「スズランが壊れるのと」

 一拍、間を置く。

「世界が壊れるのと」

 アスターは、目を伏せた。

 選択肢は、最初から残酷だった。

「安心して」

 ダリアは、くるりと背を向ける。

「まだ、何も言うつもりはないから」

「……本当か?」

「うん」

 彼女は、振り返らずに言った。

「だって、面白くなるのはこれからでしょ?」

 その言葉に、感情はなかった。

 期待だけが、あった。

「ただし」

 ダリアは、最後に足を止める。

「スズランが“自分で”辿り着くなら」

 ちらりと、横顔だけを向ける。

「それは、それでアリかなって」

 そう言って、彼女は階段を下りていった。

 一人残されたアスターは、拳を強く握る。

(……詰んでる)

 止めても、壊れる。
 止めなくても、壊れる。

 そして、ダリアだけが、
 その過程を楽しむ立場にいる。

 遠くで、下校のチャイムが鳴った。

 その音は、
 これから始まる“崩壊”の合図みたいに聞こえた。

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