どうせ勝てないので、魔王は勇者を楽しませることにしました~第28娯楽~

どうせ勝てない魔王

 角笛の音が、朝を引き裂いた。

 低く、重く、逃げ場のない音。

 城の外――
 討伐部隊が、再び隊列を組んでいた。

「……来たか」

 メルキオが呟く。

 今回は、前回とは違う。
 旗が多い。
 人数も多い。

 そして何より――
 迷いがない。

 ●

 城内は、混乱していた。

「子どもを下がらせろ!」

「怪我人を優先しろ!」

「……魔王様は!?」

 その問いに、誰も即答できなかった。

 疑いは、もう城の中に入り込んでいる。
 命令ひとつ、視線ひとつが、
 以前よりも重く、遠い。

 そんな中。

「……魔王様!」

 叫び声。

 小さな子どもが、城門付近で立ち尽くしていた。

 ユルだった。
 腕を庇いながら、動けずにいる。

 討伐部隊の魔導具が、光を帯び始める。

「――制圧を開始する!」

 隊長の号令。

 次の瞬間。

 魔王が、走った。

 ●

 誰よりも早く。

 誰よりも無防備に。

 魔王は、ユルを抱き上げ、
 そのまま城門の内側へと身を翻した。

 直後――

 轟音。

 爆風。

 衝撃が、背中を叩く。

「魔王様ッ!!」

 メルキオの叫び。

 魔王は、倒れなかった。

 ただ、
 子どもを庇うように、
 膝をついた。

 ●

 討伐部隊が、城門前で止まる。

 隊長が、目を見開いていた。

「……今のは……」

 魔王は、ゆっくりと立ち上がる。

 血が、口元から流れていた。
 だが、腕の中のユルは――無傷。

「下がれ」

 魔王は、子どもを後ろに渡す。

 その動作は、
 あまりにも自然で、
 あまりにも必死だった。

 誰かが、呟いた。

「……庇った……?」

「……子どもを……?」

 だが、隊長は剣を下ろさない。

「……それでもだ」

 声は硬い。

「魔王。
 貴様は世界秩序を乱した」

 魔王は、何も否定しなかった。

「この城は解体する」

「思想の温床だ」

「人間と魔族が混ざり、
 正しさを曖昧にする」

 一歩、前に出る。

「だが」

 隊長は、魔王をまっすぐ見据えた。

「子どもは、下がらせろ」

「民間人もだ」

「――命までは、取らん」

 その言葉に、
 城内がざわめく。

 魔王は、静かに首を振った。

「それでは意味がない」

 隊長の眉が動く。

「……何?」

「この城は」

 魔王は、背後を見る。

 怯えた顔。
 泣きそうな顔。
 それでも、ここに残った者たち。

「私がいるから、
 “悪”として扱える」

「私が消えれば、
 彼らはただの民間人だ」

 魔王は、はっきりと言った。

「私を、連れて行け」

 息を呑む音が、いくつも重なる。

「城には、もう手を出すな」

「ここにいる者たちを、
 裁く理由がなくなる」

 沈黙。

 長い、長い沈黙。

 隊長は、歯を食いしばった。

「……魔王」

「それは――」

 魔王は、最後まで聞かなかった。

 代わりに、
 ユルの頭に、そっと手を置く。

「……生きろ」

 それだけ。

 ●

 剣が、下ろされた。

「……魔王を拘束する」

 命令が、出た。

 城内から、悲鳴が上がる。

「やめて!」

「連れて行かないで!」

「魔王様!!」

 魔王は、振り返らなかった。

 振り返れば、
 “迷い”になると知っていたから。

 城門を出る直前。

 魔王は、メルキオにだけ、言った。

「……頼む」

 それは、命令ではなかった。

 願いだった。

 ●

 こうして第28娯楽は成立した。

 魔王が、
 初めて“守るために裁かれた”日。

 世界は、子どもを救った英雄ではなく、
 “秩序を乱した魔王”を連れ去った。

 そして城に残された者たちは、
 気づいてしまった。

 ――守られていたのは、
 この城ではなく、
 自分たちだったということに。

 魔王城は、
 まだ立っている。

 だが。

 その“核”は、
 今、世界の手の中にあった。

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