角笛の音が、朝を引き裂いた。
低く、重く、逃げ場のない音。
城の外――
討伐部隊が、再び隊列を組んでいた。
「……来たか」
メルキオが呟く。
今回は、前回とは違う。
旗が多い。
人数も多い。
そして何より――
迷いがない。
●
城内は、混乱していた。
「子どもを下がらせろ!」
「怪我人を優先しろ!」
「……魔王様は!?」
その問いに、誰も即答できなかった。
疑いは、もう城の中に入り込んでいる。
命令ひとつ、視線ひとつが、
以前よりも重く、遠い。
そんな中。
「……魔王様!」
叫び声。
小さな子どもが、城門付近で立ち尽くしていた。
ユルだった。
腕を庇いながら、動けずにいる。
討伐部隊の魔導具が、光を帯び始める。
「――制圧を開始する!」
隊長の号令。
次の瞬間。
魔王が、走った。
●
誰よりも早く。
誰よりも無防備に。
魔王は、ユルを抱き上げ、
そのまま城門の内側へと身を翻した。
直後――
轟音。
爆風。
衝撃が、背中を叩く。
「魔王様ッ!!」
メルキオの叫び。
魔王は、倒れなかった。
ただ、
子どもを庇うように、
膝をついた。
●
討伐部隊が、城門前で止まる。
隊長が、目を見開いていた。
「……今のは……」
魔王は、ゆっくりと立ち上がる。
血が、口元から流れていた。
だが、腕の中のユルは――無傷。
「下がれ」
魔王は、子どもを後ろに渡す。
その動作は、
あまりにも自然で、
あまりにも必死だった。
誰かが、呟いた。
「……庇った……?」
「……子どもを……?」
だが、隊長は剣を下ろさない。
「……それでもだ」
声は硬い。
「魔王。
貴様は世界秩序を乱した」
魔王は、何も否定しなかった。
「この城は解体する」
「思想の温床だ」
「人間と魔族が混ざり、
正しさを曖昧にする」
一歩、前に出る。
「だが」
隊長は、魔王をまっすぐ見据えた。
「子どもは、下がらせろ」
「民間人もだ」
「――命までは、取らん」
その言葉に、
城内がざわめく。
魔王は、静かに首を振った。
「それでは意味がない」
隊長の眉が動く。
「……何?」
「この城は」
魔王は、背後を見る。
怯えた顔。
泣きそうな顔。
それでも、ここに残った者たち。
「私がいるから、
“悪”として扱える」
「私が消えれば、
彼らはただの民間人だ」
魔王は、はっきりと言った。
「私を、連れて行け」
息を呑む音が、いくつも重なる。
「城には、もう手を出すな」
「ここにいる者たちを、
裁く理由がなくなる」
沈黙。
長い、長い沈黙。
隊長は、歯を食いしばった。
「……魔王」
「それは――」
魔王は、最後まで聞かなかった。
代わりに、
ユルの頭に、そっと手を置く。
「……生きろ」
それだけ。
●
剣が、下ろされた。
「……魔王を拘束する」
命令が、出た。
城内から、悲鳴が上がる。
「やめて!」
「連れて行かないで!」
「魔王様!!」
魔王は、振り返らなかった。
振り返れば、
“迷い”になると知っていたから。
城門を出る直前。
魔王は、メルキオにだけ、言った。
「……頼む」
それは、命令ではなかった。
願いだった。
●
こうして第28娯楽は成立した。
魔王が、
初めて“守るために裁かれた”日。
世界は、子どもを救った英雄ではなく、
“秩序を乱した魔王”を連れ去った。
そして城に残された者たちは、
気づいてしまった。
――守られていたのは、
この城ではなく、
自分たちだったということに。
魔王城は、
まだ立っている。
だが。
その“核”は、
今、世界の手の中にあった。

