『クラス最底辺の俺、触れたヒロインの死亡フラグが見えるんだが助けたら世界が壊れそう』 ――助けたいだけなのに、選択肢が残酷すぎる~第40花 事故待ちじゃない~

フラ壊

 昼休みの屋上は、やけに静かだった。

 風が強いわけでもないのに、
 フェンスが小さく軋む。

「スズラン、今日もズレてたよね」

 開口一番、ダリアが言った。

「……見てたのか」

「ううん。感じただけ」

 彼女は手すりに腰を預け、空を見上げる。

「体操服の件。
 黒板の数字。
 保健室の放送」

 指折り数える仕草。

「三つ。
 でもね、アスター」

 ゆっくり、こちらを向く。

「これ、もう事故待ちじゃないよ」

 胸の奥が、冷える。

「どういう意味だ」

「前まではさ」

 ダリアは指先で空中に円を描く。

「“このままだと死ぬ”って未来を、
 あなたが横から押し戻してた」

 事故は点だった。

 起きるか、起きないか。
 止めるか、止めないか。

「でも今は違う」

 彼女の声が、少しだけ低くなる。

「世界が、スズランの周りを書き換えてる」

「書き換え……?」

「帳尻合わせ」

 あっさりと言う。

「死なないなら、代わりに“何か”を壊す」

 言葉が、重く落ちる。

「整合性が低下してるって、ノート出たでしょ」

 心臓が跳ねる。

「……どうして知ってる」

「顔に書いてある」

 即答。

「あなた、隠すの下手だもん」

 ダリアは笑わない。

「ねえアスター。
 ズレってさ、小さいうちは可愛いけど」

 一歩近づく。

「積み重なると、穴になるよ」

 穴。

 その単語が、妙にリアルだった。

「記憶の齟齬。
 物の位置の変化。
 呼ばれてない呼び出し」

 彼女は淡々と並べる。

「これ、どんどん“現実の信頼度”が下がってる」

「……スズランは無自覚だ」

「だから危ないの」

 即答。

「本人が気づかないまま、
 周囲が壊れていく」

 風が強く吹く。

 フェンスが鳴る。

「事故は待てば来る」

 ダリアは空を見たまま言う。

「でもこれは、待っても来ない」

「……どういうことだ」

 彼女は、ゆっくりこちらを見た。

「もう“死ぬ未来”がないの」

 言葉が、理解を拒む。

「未来予測が消えた。
 観測不能。
 分岐固定。
 行動制限」

 一つ一つ、突き刺す。

「ねえ。
 死なないなら、どうやって世界はバランス取ると思う?」

 答えられなかった。

 嫌な予感だけが、膨らむ。

「簡単だよ」

 ダリアは、静かに言った。

「スズランが生きる代わりに、
 “現実の方”が削られていく」

 背筋が凍る。

「そのうちさ」

 彼女は俺の胸元を軽く指で押す。

「あなたの記憶も削れる」

「……」

「もしかしたら、もう削れてるかもね」

 昨日の黒板の数字。
 本当に変わっていたのか?

 それとも――

「アスター」

 ダリアの声が、妙に優しい。

「残り三回」

 喉が、強く鳴る。

「もう、“誰を救うか”じゃない」

 一歩、さらに近づく。

「どの現実を残すか」

 その言葉で、すべてが変わった。

 事故を止める物語は、終わった。

 これからは、
 削れていく世界の中で、
 何を守るかを選ぶ物語だ。

「ねえ」

 ダリアは、楽しそうに微笑む。

「一回、使ってみる?」

 風が止む。

 屋上が、妙に静かになる。

 俺はポケットのペンを握った。

 まだ、三回。

 でも。

 使わなければ、別の何かが壊れる。

 世界は、もう待ってくれない。

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