でも「もう逃げられない」と読者に分からせる。
そのまま本文でいく。
第29娯楽:魔王のいない城
城は、まだ立っている。
壁も、門も、塔も、何一つ壊れていない。
それなのに――
何かが決定的に欠けていた。
朝になっても、誰も声を上げなかった。
「……魔王様は?」
その問いは、何度も口に出されかけて、
誰も最後まで言えなかった。
答えを、全員が知っているからだ。
●
休憩スペースには、人が集まっていた。
集まっているのに、
誰も誰とも目を合わせない。
湯は冷めている。
椅子は空いている。
笑い声は、ない。
「……本当に、連れて行かれたんだな」
誰かが呟いた。
「……俺たちのせいじゃないよな?」
すぐに、別の声が重なる。
「……でもさ」
「最近、魔王様……隠してたこと、なかったか?」
空気が、ぴしりと張りつめる。
最初の疑いは、
いつも“善意の形”で現れる。
「だって……破壊工作のときも、
魔王様、詳しいこと言わなかっただろ」
「……確かに」
「本当は、もっと早く気づけたんじゃ……」
言葉が、少しずつ尖っていく。
●
ユルは、隅で膝を抱えていた。
腕には、包帯。
昨日、魔王に抱きかかえられたまま、
爆風から守られた場所だ。
「……ユル」
声をかけられても、顔を上げない。
「……魔王様、なんて言ってた?」
その問いに、
ユルの肩が、びくりと揺れた。
「……生きろ、って」
小さな声。
「それだけ」
沈黙。
誰も、その言葉を否定できなかった。
●
メルキオは、玉座の前に立っていた。
そこに座る者はいない。
いや――
座れなかった。
「……魔王様がいない城は」
誰にも向けず、言葉を落とす。
「こんなにも、寒いのですね」
返事は、ない。
魔王は、命令を残さなかった。
計画も、未来も、託さなかった。
ただ――
自分がいなくなった後の世界を、選ばせた。
それが、今、城を壊していた。
●
その日の夕方。
城に、一通の書簡が届いた。
王国の印章。
内容は、簡潔だった。
――
魔王は現在、
世界評議会の管理下に置かれている。
魔王城は、引き続き監視対象とする。
裁きの日程については、
追って通達する。
――
紙が、床に落ちる。
「……裁き?」
「……処刑、じゃないのか?」
「……まだ、分からない」
“まだ”。
その言葉が、
希望なのか、
猶予なのか、
誰にも判断できなかった。
●
夜。
城の灯りは、半分も点かなかった。
誰もが、
「ここにいていいのか」
「疑われているのではないか」
そんな不安を、胸に抱えたまま眠りについた。
魔王がいた頃には、
考えなくてよかったことばかりだ。
●
同じ夜。
遠く離れた場所で。
石の床。
鎖の音。
冷たい光。
誰かが、静かに問う。
「――魔王よ」
「貴様は、
世界を乱した罪を認めるか?」
返答は、まだ描かれない。
ただ、
一瞬だけ浮かぶ影。
どこかで、
誰かを庇うように立つ、
あの背中。
●
こうして第29娯楽は成立した。
魔王がいないだけで、
城はこれほど脆くなる。
疑いが生まれ、
後悔が芽吹き、
守られていた事実だけが、
遅れて胸を締めつける。
そして読者は知る。
次に描かれるのは、
救済ではない。
裁きだ。
