最初に気づいたのは、
文字の色だった。
いつもなら、ノートを開いた瞬間に現れる赤い文字。
運命を宣告する、あの無機質な警告。
――でも。
「……黒?」
それは、赤じゃなかった。
インクが滲んだような、
鉛筆で強くなぞったみたいな黒。
しかも――
「……増えてる?」
俺は、ページをめくった。
名前が、ない。
死亡予定時刻も、場所も、原因も書かれていない。
代わりに、たった一行。
【観測不能】
背中に、冷たいものが走る。
「……は?」
ふざけるな。
このノートは、必ず未来を示してきた。
良い未来も、最悪の未来も。
曖昧だったことなんて、一度もない。
次のページ。
また、黒い文字。
【分岐が固定されました】
意味が分からない。
固定?
分岐が?
「……固定って、何だよ」
ペンを握る手が、震える。
その瞬間。
ノートの端が、
勝手に、めくれた。
風なんて吹いていない。
窓も閉まっている。
それでも、ページは止まらない。
ばさ、ばさ、と。
赤い文字。
赤い文字。
――黒い文字。
混ざっている。
まるで、
世界が書き換え途中のメモを放り込んできたみたいに。
「やめろ……」
最後に止まったページ。
そこにあったのは、
見覚えのない形式だった。
【対象:アスター】
息が、詰まる。
俺の名前。
今まで、
このノートに俺自身の項目は存在しなかった。
なのに。
【行動制限:残り三回】
「……行動?」
指でなぞる。
インクは乾いている。
でも、書いた覚えはない。
【三回目の選択以降、修正は行われません】
頭の奥で、
何かが音を立てて崩れた。
未来を「見る」ノートじゃない。
これはもう、
選択を管理する装置だ。
「……俺は、対象外じゃなかったのかよ」
今まで俺は、
運命を避ける“例外”だと思っていた。
見る側。
選ぶ側。
でも違う。
最初から――
俺も観測対象だった。
ノートの下の方に、
小さく、追記が現れる。
赤でも黒でもない。
薄い、灰色。
【次の変化は、周囲から始まります】
その瞬間。
「アスター」
背後から、声。
振り返ると、ダリアが立っていた。
「……今、ノート動いたでしょ」
どうして分かる。
そう言おうとして、やめた。
彼女は、俺の顔を見ただけで、すべてを理解したように笑う。
「やっぱり」
楽しそうでも、嬉しそうでもない。
ただ、確信の表情。
「予知じゃなくなったんだ」
「……何を知ってる」
「何も」
ダリアは、軽く肩をすくめる。
「でもさ。
世界が“待ってくれなくなった顔”してる」
その言葉が、妙に的確で。
「アスター」
一歩、近づいてくる。
「これからはね。
助けるか助けないか、じゃない」
彼女は、静かに言った。
「誰を“壊すか”を選ぶ段階」
ノートを閉じても、
異変は消えなかった。
もうこれは、
ページの中の話じゃない。
世界が、
俺の選択回数を数え始めている。
――残り、三回。
その数字だけが、
異様にくっきりと頭に焼き付いていた。

