『クラス最底辺の俺、触れたヒロインの死亡フラグが見えるんだが助けたら世界が壊れそう』 ――助けたいだけなのに、選択肢が残酷すぎる~第41花 なかったこと~

フラ壊

「ねえ、アスター」

 放課後の教室。

 夕日が机の上を斜めに切り取っている。

「昨日さ」

 スズランは、少し首を傾げた。

「私、何してたっけ?」

 ペンが止まる。

「……昨日?」

「うん。放課後」

 嫌な汗が、背中を伝う。

 昨日の放課後。

 屋上で、
 スズランは将来の話をした。

 同じ街にいられたらいい、って。

 電車で偶然会えたらいい、って。

 あの時の表情も、声も、
 俺ははっきり覚えている。

「一緒に帰っただろ」

 できるだけ平静を装う。

「校門まで」

「え?」

 スズランは、本気で驚いた顔をした。

「一緒に?」

 胸の奥が、冷たくなる。

「帰ってないのか?」

「ううん、帰ったよ」

 彼女は笑う。

「でも、クラスの子と」

 世界が、音を失った。

「アスターとは話してないと思う」

 柔らかい声。

 責めるでも、疑うでもない。

 ただ、事実を言うだけの声。

「……屋上は?」

「屋上?」

 きょとん、とする。

「昨日、屋上行ってないよ?」

 呼吸が浅くなる。

「将来の話、しただろ」

「え?」

 スズランは、困ったように笑った。

「将来の話なんて、急にどうしたの」

 覚えていない。

 いや。

 存在していないことになっている。

「アスター、大丈夫?」

 心配そうに覗き込まれる。

「最近、変だよ?」

 それは、こっちの台詞だ。

 昨日の夕焼けは?
 あの会話は?
 “また明日”って、手を振ったのは?

 全部、俺の妄想だったのか?

「私、昨日は――」

 スズランは少し考える。

「図書室にいたはず」

 その言葉と同時に。

 脳裏に、映像が流れ込む。

 図書室。
 窓際の席。
 本を読むスズラン。

 見覚えがある。

 いや、ない。

 どちらだ?

 頭が、ぐらりと揺れる。

「……図書室?」

 声が震える。

「うん。
 ね、覚えてない?」

 彼女の目に、疑いはない。

 むしろ、
 俺が忘れていることを心配している目だ。

 ポケットの中で、ペンがやけに重い。

 ノートを確認したい。

 でも、開くのが怖い。

「アスター?」

「……なんでもない」

 絞り出す。

「俺の勘違いだ」

 そう言った瞬間。

 胸の奥で、何かが崩れた。

 勘違いにされたのは、
 俺の記憶。

 屋上での会話は、
 世界にとって不要だったのか?

 スズランは、ほっとしたように笑う。

「よかった」

「……何が」

「アスター、最近怖い顔するから」

 その無邪気さが、痛い。

「私、何か忘れてる?」

 ふいに、彼女が小さく聞く。

 息が止まる。

「……どうしてそう思う」

「なんとなく」

 彼女は、自分の胸に手を当てる。

「空っぽな感じ、する時あるから」

 その言葉で、確信した。

 削れているのは、
 周囲だけじゃない。

 彼女の内側も、少しずつ。

 ノートの灰色の文字が、脳裏に浮かぶ。

 【周辺事象:整合性低下】

 これはもう、
 事故の代替じゃない。

 存在の再構築だ。

「……スズラン」

「うん?」

「もしさ」

 喉が乾く。

「何か、大事なこと忘れてたらどうする?」

 彼女は少し考えて。

「また作ればいいんじゃない?」

 あっさりと言った。

「記憶なくなっても、
 今から増やせばいいし」

 笑う。

 何も知らない笑顔。

 その笑顔を守ろうとして、
 俺は何を削らせている?

 彼女が教室を出ていく。

 俺は、一人残った。

 震える手で、ノートを開く。

 スズランのページ。

 灰色の追記が、増えていた。

 【消失:会話(屋上)】

 その下に、小さく。

 【整合処理完了】

 ページの端に、さらに一行。

 【残り三回】

 事故は起きていない。

 誰も怪我していない。

 それでも。

 俺ははっきり理解した。

 守ったはずの未来が、別の形で削られている。

 そして。

 次に消えるのが、
 会話で済む保証はない。

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