『クラス最底辺の俺、触れたヒロインの死亡フラグが見えるんだが助けたら世界が壊れそう』 ――助けたいだけなのに、選択肢が残酷すぎる~第42花 思い出せない夕焼け~

フラ壊

 翌日。

 何事もなかったみたいに、授業は進んでいた。

 スズランは普通に笑い、普通にノートを取り、普通に過ごしている。

 昨日の“屋上の会話”は、世界から消えた。

 ――はずだった。

「アスター」

 昼休み、彼女が机の横に立つ。

「ちょっといい?」

 その声が、少しだけ硬い。

 屋上へ向かう階段。

 昨日と同じ時間。

 昨日と同じ光。

 でも、ここに“昨日”はない。

「変なこと言うかもしれないけど」

 スズランはフェンス越しに空を見た。

「私さ」

 少し迷ってから、続ける。

「ここ、来た気がする」

 心臓が止まりかける。

「昨日」

 風が吹く。

 髪が揺れる。

「来てない、よな」

 声が掠れる。

「うん。来てない」

 即答。

 それでも。

「でもね」

 彼女は目を細める。

「夕焼け見ながら、誰かと話した感じがするの」

 空気が震える。

「内容は覚えてない。
 声も、ちゃんと思い出せない」

 ゆっくり、こちらを見る。

「でも」

 一歩近づく。

「“大事だった”って感覚だけ残ってる」

 息が、できない。

 ノートを開いていないのに、
 灰色の文字が増える音が聞こえる気がした。

「変だよね」

 スズランは小さく笑う。

「記憶ないのに、感情だけあるの」

 それは。

 削りきれなかった“残滓”。

 整合処理の漏れ。

「私、最近こういうの多いんだ」

 胸元をぎゅっと掴む。

「空っぽだったところに、急に温度だけ戻る感じ」

 その表現に、喉が焼ける。

 世界は会話を消した。

 事実も消した。

 でも。

 感情は完全に削れなかった。

「アスター」

「……なんだ」

「私、何か忘れてる?」

 昨日と同じ問い。

 でも、今日は違う。

 今日は――

 彼女の方が、失ったことを感じている。

「もしさ」

 スズランは空を見る。

「本当にここで誰かと話してたなら」

 少し笑う。

「その人、今もここにいる気がする」

 視線が、重なる。

 逃げられない。

「……いるよ」

 気づけば、言っていた。

「いた」

 世界が、軋む。

 遠くで、金属が歪むような音。

 スズランの瞳が揺れる。

「やっぱり?」

 嬉しそうに言う。

「なんかさ、アスターだと思ってた」

 その瞬間。

 頭の奥で、何かが弾けた。

 ――図書室。

 窓際。

 本を読むスズラン。

 その映像が、急に薄れる。

 代わりに、夕焼け。

 フェンス。

 笑い声。

 二つの記憶が衝突する。

「……っ」

 膝が揺れる。

「アスター!?」

 支えられる。

 温度がある。

 本物だ。

「思い出そうとすると、頭痛い」

 スズランが小さく言う。

「なんでだろ」

 ノート。

 確認しなければ。

 でも怖い。

「ねえ」

 彼女は真剣な目で言う。

「私たち、昨日ここにいた?」

 世界が、答えを待っている。

 肯定すれば、整合性がさらに崩れる。

 否定すれば、彼女の“温度”を切り捨てる。

 風が止まる。

 屋上が静まる。

 遠くでチャイムが鳴る。

 時間だけが、普通に進む。

 ノートは、まだ閉じられたまま。

 残り三回。

 使えば、固定できるかもしれない。

 でも。

 固定した瞬間、
 別の何かが消える。

「……スズラン」

 喉が震える。

 彼女の目は、まっすぐだ。

 忘れているはずなのに、
 ちゃんとここにいる。

 世界が削っても、
 彼女は“感じて”しまう。

 それが救いか、破滅か。

 まだ、わからない。

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