反政団~第三章 覚醒~

反政団

 研究者には懸念があった。

 長い針を希出にゆっくりと近づけながらその懸念について考える。

『先ほどの戦いで857号が反撃や攻撃系の能力ではないことは判明した。だが、急に動きが良くなったことを考えると移動系や行動系ではないだろう……それらなら最初から動きがいいはずだ。何かがきっかけで動きが良くなったと考えるべきだろう……学習能力がある力や相手の動きを真似できる力か? 危険なのはこちらの力をコピーするような類の能力……能力は多種多様で唯一無二のもの……どんな力があるかの予測をするのは正に愚の骨頂……だが危険性があるのも事実……この毒液でやつの脳神経を破壊するのも致し方ないこと……』

 そう。この研究者は先ほどの戦いで希出に何か危険な能力が発現したのだと直感した。

 そこで、解毒系の能力があるかどうかを確かめると嘘をついて脳神経を破壊する毒を用意したのだ。

 そして、完全に希出の思考を停止させた状態で解剖などをしようと考えたのだった。

 もちろん馬鹿正直に実験体である希出にそのことを話す必要などない。

 ましてや暴れられてもめんどうだ。

「まぁ。この毒は死ぬほどの致死量はない。最悪の場合は後遺症が残る程度だろうよ」

 ほんの少し安心させるだけのつもりだった。

 しかしこれが失言だったのだと知ったのはずっと後のこと。

 研究者は知らなかった。

 希出もついさっきまで忘れていた。

 実験体857号には仲間がいたのだった――

「やめろぉー!」

 ●

 矢口は自分がどんな状況になっているのかも分からないまま、思わず叫んでいた。

 瞬間、矢口は立ち上がり周囲を忍たちに囲まれて再び拘束させられようとしていた。

 しかし――

「こ、こいつどうやって拘束を解いたのだ?」

 診察台のようなものに拘束していたはずの矢口が、その拘束を解き立ち上がっている姿を見て研究者が戸惑いの声をあげる。

 更には、再度拘束をしようとした忍が、即座に矢口を拘束していないことがことの重大性を表していた。

「どうした?」

 しかし政府の頭脳を司る研究者の1人。

 すぐに冷静さを取り戻して忍の1人に問う。

「近づけません。あいつが周囲に得体の知れない物質を放出しています」

「物質?」

 珍しい物言いに研究者が自分の目で矢口を確認した。

 矢口を拘束していた手錠などの類は腐っていた。

「<腐らせる>力か? ……いや、<微生物>の力か……」

 矢口の周囲に、小さな虫のようなものが飛んで渦巻いているのと、拘束具が腐っているのを見て研究者が呟く。

「<微生物>の力ですか?」

 1人の忍が確認するように訊く。

「あぁ。かなり危険だ。絶対に近づくんじゃないぞ。ウイルスから細菌、その他のありとあらゆる微生物を生み出せるようだな……しかも副作用もなしに!」

 こくりと頷いてから研究者が矢口に話しかける。

「は? いや知らねぇーし。とりあえずこの渦巻いてるのは、オレを拘束してるのを腐らせる力を持っているってのは今ので分かったけど」

 矢口はそう言って周囲に渦巻いていた微生物を消した。

「<微生物>の力か……なんか弱そうだな。<菌>の力にしよう」

 研究者の後ろから声がした。

 希出が拘束から解かれていたのだ。

 全員が矢口に気を取られているスキに、矢口が目に見えない大きさの微生物で希出を解放したのだ。

「なんと! 大きさも自在に操れて攻撃対象も正確に捉えることができるのか!」

 研究者が嬉々として言う。

 どうやら矢口の力の方が脅威だと考えており、希出の方は向きもしない。

「あれは私がやろう。お前たちは後ろのをやれ。殺してしまってもやむを得まい」

 つまり、全力で戦えということだ。

 クナイの忍と岩の忍と火の忍は、サッと希出を囲った。

「あ! 待ちやがれ!」

 矢口が力を行使しようとすると、研究者がそれを止めた。

「いやいやいや……久しぶりだねぇ。私が戦うなんて……」

 突如、強風が下から上へと吹き上げた。

「微生物の弱点はね、その環境変化になかなか耐えられないことだよ。例えば強風や太陽光。更には抗菌なんて言葉があるように、その作用を打ち消す薬品は腐る程あるわけだ。つまり君は戦闘狂の忍や侍には有利かもしれんが我々のような研究者にとっては、いつもの実験の延長線のようなものなのだよ」

 ニタァと研究者が笑いながら言う。

 巨大なブロアーを持っており、これで先ほどの風を発生させたようだ。

「さぁ、始めようか? 勝ちの決まった戦いを」

 研究者が一歩前へと踏み出した。

 ●

 研究者はブロアーを吹き付けたまま他の忍や侍を呼びつけていた。

 ある者はたくさんの薬品を持ってきた。恐らく解毒薬とかだろう。

 ある者は赤外線センサーや紫外線ライトを。

 ある者は炎熱ライトや氷冷ライトを。

 微生物に効果的であろう道具をたくさん用意して、全てを矢口に当てていた。

「残念だったねぇ。これではご自慢の力も使えない。更には忍や侍と戦う運動神経も持ち合わせていない。その上我々はこの防護服を着用する」

 そう言って、防護服を着られてしまえば、どんな微生物でも無意味だろう。

「そして君を攻撃するのはこの火炎放射器だ」

 どんな微生物でも、焼いてしまえば怖くないと言わんばかりの物言いだ。

『……くそ。どうする……』

 侍や忍が火炎放射器を自分に向けて構えるのを見て、矢口は必死に思考を巡らせる。

『そう言えば奴、ありとあらゆる微生物を生み出せるって言ってたな……火に強くてあの防護服をすり抜けて中の人間だけを倒す菌かウイルスなんての出せるのかな?』

 そう考えるだけで自分には分かった。

 実在しない微生物をも生み出せることが。

 矢口が新たに生み出したウイルスを飛ばす仕草を見て、研究者は瞬時に気がついた。

「! 危険だ! 離れろ!」

 その判断の速さはさすがである。

「なるほどなるほど……」

 そして理解したかのように研究者が矢口に語りかける。

「およそ無敵に近い能力ってことかい。どんな微生物をも作り出せてしまう……」

 体内に作用すれば、その者の体質すらも変えられるほぼ最強の力だと付け加えて。

「だがこの世に最強は存在しない。どんな力にも欠点というものがある……今のところその欠点は君の身体能力と反射速度の遅さだな」

 そう。研究者が言うように、矢口は先ほどから忍の動きについていけていない。

 先ほどの希出のように無意識に、忍の動きを自分のものとして吸収でもしない限り、突然に身体能力が向上するなんてことはあり得ないのだ。

 万が一にも矢口が忍と同じレベルの身体能力や反射速度を持っていたとしても、常に菌を放出し続けることは不可能だと研究者は考える。

 それならば、大人数でそれぞれ違う属性の攻撃を加えることで菌による防御力は無効化されるだろうと。

『むしろ問題なのは攻撃力の方か……』

 そう研究者は考えるように、矢口の攻撃は事実上防御不可である。

 唯一、風でなんとか飛ばせたり突如太陽光やら紫外線やらを浴びせることで菌やウイルス自体を変異させることは可能だが、それはあくまでも最終手段であり危険が伴う。

「とはいえその能力。遠くへの攻撃には不向きだな」

 ニヤリと研究者が笑うと、矢口も頷いた。

「だな。菌やウイルスを飛ばしたい方向に飛ばすことは可能だけど、ちょっとした風で向きが変わるし、何しろ時間がかかる」

 <菌>の力の最大の欠点だと言えるだろう。

 しかし矢口はさほど気にしていないようだ。

「やけに自信ありげだな? 私たちに勝てるとでも?」

「さぁな。やってみなきゃわかんねぇーよ」

 今度は矢口がニヤリと笑った。

「面白い。私たちの遠距離からの攻撃に君がどれ程耐えられるのか見せてもらおうか!」

 この言葉が合図となり、矢口を囲っていた忍や侍の一斉攻撃が始まった。

 ●

 一方の希出は自分の力が何なのかも分からないまま、3人の忍を相手にしていた。

 しかもさっきと違って、何人かの侍と忍がぐるりと希出を囲っている。

 更に悪いことに、今度の忍は本気だった。

 クナイの忍が一瞬にして希出の背後に回り込み、頸動脈をクナイで切ろうとする。

 間一髪これを避けるがすり傷が首筋に薄っすら付いた。

 しかし、火を吹く忍の力はこれで十分だった。

 クナイの忍が後は頼んだと言わんばかりに火を吹く忍を横目で見た。

 火を吹く忍は、対象の傷を徐々に大きくする<断傷>の能力者だ。

 その能力を行使した。

 薄っすらと首筋についたその傷も、少しずつ大きくなればいずれは頸動脈にたどり着くというわけだ。

「何だこの能力は!」

 自分のかすり傷が、少しずつそれでも目に見える程度の速さで大きくなっているのを感じて、希出が声を漏らす。

 直感でこれはヤバいと感じる。

 その希出の直感が、<吸う>力のいや、正しくは<吸出>の力のもう1つの特性が目を覚ます。

 自分が請け負った傷を放出したのだ。

 今まで蓄積されたダメージや傷が全て、部屋の壁へ移った。

 これによって、火を吹く忍の<断傷>の力の行使先も部屋の壁へと変更になる。

「「「「な!」」」」

 これには希出も3人の忍も驚いた。

 同時に希出は自分の力を正確に把握した。

『敵の攻撃を吸えて、それを好きなところに放出できる。更に、身体能力とかは自分のものとして吸収できる力か……最強じゃねーか』

 希出がそう考えるのも無理はない。

 一撃で絶命させられるような攻撃でも受けない限り、ダメージを放出さえすれば希出は死なないのだから。

 他の忍も周囲を囲っていた侍や忍たちも、おおよその希出の力を理解した。

「ダメージを吐き出す暇を与えなければいい。もしくは、吐き出す量よりも大きなダメージを与え続ければいずれ死ぬってこった」

 1人の侍が刀を抜いた。

「一撃で首を飛ばしてもいいってことよ」

 クナイの忍が<チャージダッシュ>の力を行使した。

 走らない待機時間に応じて、能力行使の際の足の速さが上がる時間が伸びる力だ。

 ただし、男無の<脚力強化>の力と違って、上がる足の速さは一定で自在には選べない。

 <脚力強化>の劣化版とも言えるが、その最大の特徴は長時間能力を使える点だ。

 通常であれば、能力を使えば使う程体力だったり気力が奪われていくが、<チャージダッシュ>はその力が時間に比例しているため、能力を使っても体力が減ることがない。

 更に、<脚力強化>は自身の脚力に対して力が加わるため、使う者が幼かったり力の弱い者の場合にはその力を存分には発揮できない。その分、自分自身の脚力を鍛えれば鍛える程に、能力を使った時の爆発力は大きくなっていくとも言える。

 しかし<チャージダッシュ>は、自身の脚力に依存しない。どんなに力がある者でもない者でも力を使った時のスピードは一緒だ。

 言い換えれば、訓練をしなくても速いスピードを出せるということだ。

 クナイの忍は、その力を使って一発で希出の首を落とすつもりだ。

「俺がサポートしよう」

 岩の忍が言う。

 <殴岩>の能力者だ。

 地面を殴ることで、自身が見える範囲内であればどこの地面からでも好きな形の岩を出現させることができる。

「君の力を使うには我らの補佐があった方がいいだろう」

 地面に座っている侍が岩の忍に言う。

 どうやらこの侍は盲目のようだ。

 刀の侍の力は<複眼>。複数の目を飛ばしてたくさんの視覚を得る力だ。

 盲目の侍の力は<視覚の共有>。自身と他人と視覚を共有できる力だ。この力によって盲目でも侍として戦えている。

 更には<複眼>の力で得た視覚を岩の忍へ共有することで、岩の忍の攻撃可能範囲が広がるメリットがある。

 <殴岩>の力は、肉眼でなくても見えさえすればそこへ攻撃が可能なのだ。

 この3つの力を複合させて、希出が逃げる先をどこまでも追って岩で追撃するつもりだ。

 そしてスキが出たところを、クナイの忍が首を切る算段だ。

「まずはあいさつ代わりだ」

 そう言って、盲目の侍が自分の視覚を希出の視覚に共有した。

 この攻撃によって希出は光を失った。

 その間に<複眼>の目を飛ばし、<視覚の共有>の力によって複数の視覚を岩の忍に共有した。

 ここまでは彼らの予定通りだった。

 予定外のことは希出の能力についてだった。

 希出も含め、この場にいる全員が希出の能力を勘違いしていた。

 吸収できるのは身体能力のみだと。

 とんでもなかった。実際に受けた技ならばどんなものでも吸収して自分のものとできた。

 つまり、能力ですらも吸収できるということだ。

 希出は全員に盲目の視覚を共有し、自分は自分の視覚を取り戻した。

 <複眼>の力によって飛ばした複眼の目も、盲目ならば意味がない。

 そして<視覚の共有>は共有したい者を見るか触れるかする必要がある。

 盲目の侍は現在誰とも触れておらず、目は見えない。

 いつもは、誰かとセットだからこそ使えていた能力もあっさりと無力化されてしまったのだ。

 もちろん希出も際限なく何でも吸収できるわけではない。

 吸収して自分のものとしている間はずっと、気力やら体力やらが減っていく。常に能力を使い続けている状態なのだから当然だろう。

 だから今、先ほど無意識に吸収していたクナイの忍の動きは放出して捨てる。

 盲目状態の忍3人と侍1人ならば、身体能力がない希出でも簡単に倒すことができた。

 希出はまだ戦いが続いている矢口のところへとゆっくりと歩いて行った。

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