窓の外を雲がゆっくりと流れる。
その様子すらも羨ましいと思える。
何もない日々とは退屈極まりなかった。
「空が飛べたら自由なのかな……」
ポツリと文字通り独り言を呟くのは、高渡 無。
自他共に認めるコミュ障にしてヘタレ。
運動も勉強もダメな、どこぞの国民的アニメの主人公のような人物だ。
高渡の周囲は騒がしいのに彼だけはどこかつまらなそうだ。
それもそのはず。
高校生にもなって、空を飛びたいと考えているのだからそれだけで本人の性格が伺えるというものだ。
さらには、休み時間にも関わらず自分の席から立とうとしないのは、友達がいないからに他ならない。
「こんなくそみたいな世界。なくなればいいのに……」
彼の呟きにいちいち反応する人はいない。
誰からも相手にされないというのは、存在を認識されていないことに等しい。
「マジぃー?」
彼の席のそう遠く離れていない場所から黄色い声がする。
物思いに耽っていた高渡は、思わず声のする方を向く。
高渡も思春期の男の子だ。
好意を寄せる女子の1人や2人くらいはいる。
『椎名さん……』
高渡が見つめる先には、黒髪ロングを1つ結びに束ねた女性。
クラスで一番の美人であり、毎日誰かしらに告白をされていると言われている名実ともに美少女だ。
高渡が告白なんてする勇気はなく、そもそもその存在すら知られているかどうか……
どんな学校にもマドンナと呼ばれる女子は存在する。
クラス一の美女とか、学年一可愛いとか、学校一の美少女とかその呼ばれ方は様々だが、確かに存在する。
そして、そんな女子と付き合える男子も存在すれば、告白しようと身の程をわきまえない男子も存在する。
更には、女子から嫌われる男子もいるだろう。
高渡は椎名からその存在すら知られていなかった。
存在が知られていないというのは、想像以上に辛い。
『いっそのこと、嫌われていた方がマシだな……』
高渡がそう思ってしまうのも仕方がないことだ。
そして、そう思えば思う程に今生きているこの世界が無くなればいいのにと現実逃避をするのであった。
●
高渡は椎名のことを気になっているが、自分のこともよく分かっているとも受け取れる。
そのため、クラスでふとした瞬間に目が行ってしまうことはあっても常に見続けているわけではない。
つまり、いわゆるストーカーなどにはなっていない。
そして人気者にありがちな、つきまとわれが椎名にも起こっていた。
「また?」
取り巻きの1人が深刻そうに言うのを、高渡はただなんとなく聞いていた。
盗み聞きしようとしていたわけではなく、本当に聞こえてしまったという感じだ。
「誰かと一緒に帰った方がいいよ」
取り巻きは本当に心配そうだ。
「タクヤとかどう?」
タクヤとは、クラスで一番のモテ男の名だ。
タクヤと椎名ならばお似合いのカップルだろう。
「ん? 何?」
名前を呼ばれて、近くで別の男子と話していたタクヤが椎名の方を向く。
「な。何でもないよ」
椎名が頬を赤く染める。
『ん?』
その様子を見て高渡は胸がざわめいた。
恋愛どころか人間関係にすら疎い高渡が見ていても分かる。
椎名はタクヤに惚れている。
「なんかー、りおストーカーされてるらしいよー」
取り巻きの1人が少しニヤつきながらタクヤに説明する。
2人をくっつけようとしているのが透けて見える。
「別にいいけど反対方向じゃん?」
天然なのかタクヤは帰る方向が反対だと言い出した。
そもそもこの学校は家が近い人が多く通っている。
電車で通っているのはクラスで2人だけ。
高渡と椎名だけだ。
「ないないないない!」
タクヤがいい出しそうなことを阻止するように取り巻きが声高に言う。
つまりは、高渡と一緒に帰れとタクヤは言いたいわけだ。
「私の他に電車で通ってる人いるの?」
今度は椎名がキョトンとして聞く。
それだけで、椎名の記憶に高渡がいないことが分かる。
そこからは、椎名たちが何を話しても高渡の耳には入ってこなかった。
気持ちが沈み、全ての色が消えて無色の世界が広がっていく……
「あ。まただ……」
最近特に多く頻発しているこの現象は病気なのか……
自分がこの世界に必要ないと実感した時に、全ての物から色が消えてありとあらゆる物が無色に見えてしまうことがある。
「ホントにクソみたいな世界だ……」
またポツリと呟いた呟きは、風に飛ばされてどこかへ消えて行った。

