未観測領域の、さらに外側。
そこは空間とも意識ともつかない、観測者だけが立てる縁だった。
光の箱は見えない。
因果線も、まだ流れていない。
ただ――
「可能性」だけが、静かに漂っている。
フクロウは、その縁に立っていた。
翼を畳み、目を閉じたまま、
彼は“観測していない”。
それは、管理者としては異常な行為だった。
(……第三層に、触れたか)
カケルの存在が、微かに伝わってくる。
まだ完全ではない。
だが、もう戻れない地点に足をかけている。
フクロウは、ゆっくりと目を開いた。
月色の瞳に映るのは、
無数に分岐する未来。
・管理者の命令に従い、観測者を排除する未来
・観測者を保護し、世界の不安定を受け入れる未来
・何もせず、世界そのものが崩壊する未来
(……どれも、正解ではない)
彼は知っていた。
世界は、常に「犠牲」を前提に設計されている。
管理者とは、その犠牲を公平に配分する存在だ。
だが――
(あの少年は)
カケルの姿が、未来の断片に映る。
苦しみながらも、誰かのために選ぼうとする意志。
管理者には不要な性質。
だが、世界には――必要かもしれないもの。
「……俺は、いつから」
フクロウは、独り言のように呟く。
「世界を守るために、人を切り捨てる側になった?」
答えは返らない。
代わりに、別の気配が近づく。
鋭く、黒く、計算された意志。
――カラス。
(……もう、動き出しているか)
フクロウは理解する。
管理者の中でも、「秩序を守る者」と「秩序を固定する者」は違う。
後者は、観測者を許さない。
(このままでは……)
フクロウは、静かに翼を広げる。
干渉すれば、管理者としての立場は危うくなる。
だが、干渉しなければ――
選択する者は、全て奪われる。
「……ならば」
彼は、未来の一つを選び取る。
ほんのわずか、
管理者の規範から外れた行動。
だが、それは決定的だった。
「次に会うときは……」
フクロウは、月色の瞳を細める。
「“問い”ではなく、“選択”を与えよう」
未観測領域の深層が、静かに揺れた。
それは、第10章で交わされる言葉が、偶然ではないことを示す、前触れだった。
世界は、もう後戻りできない。
観測者も、管理者も、そして――最弱の鳥でさえも。
