ダリアは、最初から距離が近い。
物理的にも、精神的にも。
「ねえアスター。最近、避けてるでしょ」
昼休み。
購買前の人混みの中で、彼女はいきなりそう言った。
心臓が跳ねる。
「……何の話だよ」
「スズラン。あとモモちゃん」
即答だった。
周囲のざわめきが、一瞬遠のく。
ダリアは笑っている。
いつも通り、余裕たっぷりで、からかうような表情。
なのに。
――目だけが、笑っていない。
「偶然だろ」
「ふーん。偶然にしては、きれいに距離取ってるよね」
彼女は一歩、近づいてくる。
反射的に下がろうとして、やめた。
逃げたら、確信を与える。
「ねえ。触られるの、嫌いになった?」
その一言で、背中に冷たい汗が流れた。
触れる。
ダリアは、その単語を、あまりにも自然に使った。
「……何が言いたい」
「確認」
彼女は、軽い口調で言う。
「あなた、何か“見えてる”でしょ」
世界が、音を失う。
耳鳴りの中で、ダリアの声だけが、やけに鮮明だった。
「見えてる、って」
「死なない未来。もしくは――死ぬ未来」
笑顔のまま、核心を突く。
俺は、何も言えなかった。
否定もしない。
肯定もしない。
沈黙。
ダリアは、それで十分だと言わんばかりに、肩をすくめた。
「やっぱり」
軽い。
あまりにも軽い反応。
「……知ってたのか」
「全部じゃないよ」
ダリアは指を立てる。
「一つ目。あなたが、普通じゃないってこと」
「二つ目。この世界が、優しくないってこと」
「三つ目――」
彼女は、少しだけ声を落とした。
「また始まった、ってこと」
ぞくり、と背筋が震える。
「また?」
「うん。また」
ダリアは、俺の反応をじっと観察している。
試すように。
測るように。
「レベル、どこまで行ってる?」
その言葉で、確信した。
この女は、
初めてじゃない。
「……何の話だ」
「とぼけるんだ」
ダリアは楽しそうに笑う。
「まあいいや。じゃあ別の聞き方」
彼女は、ぐっと距離を詰めた。
視線が絡む。
「あなた、自分が原因だと思ってるでしょ」
喉が、ひくりと鳴った。
スズランの顔が浮かぶ。
モモの、無邪気な笑顔が浮かぶ。
俺が関わったから、
フラグが動いた。
「……だったら、どうする」
絞り出すように言う。
ダリアは、一瞬だけ真顔になった。
「どうもしない」
即答だった。
「世界は、そういうふうにできてる」
淡々と。
「誰かが引き金を引く。
誰かが引き受ける。
それだけ」
胸の奥が、ざわつく。
「じゃあ、お前は……」
「私は?」
「見てるだけか」
ダリアは、少し考える素振りを見せてから、にやっと笑った。
「踏み込むよ」
はっきりと。
「だって、面白いじゃん」
冗談みたいな口調。
でも、目は本気だった。
「それに――」
彼女は、俺の胸元に、指先を伸ばす。
触れない。
触れない距離。
「一人で選ばせるの、残酷すぎるでしょ」
その瞬間。
視界の端で、
ダリア自身に、淡い光が灯った。
――フラグ。
今まで見たことのない、色。
進行度は、低い。
でも、確かに“死”につながっている。
「……やめろ」
思わず、声が出た。
「なに?」
「踏み込むな」
ダリアは、きょとんとした顔をして、
それから、ゆっくり笑った。
「あーあ」
残念そうに。
「もう遅いと思うけど」
彼女は背を向ける。
「だってさ、アスター」
振り返りざま、楽しそうに言った。
「私、もう――選択肢に入っちゃったから」
人混みに紛れて、ダリアは去っていった。
残された俺は、立ち尽くす。
ノートに書いたルールが、頭をよぎる。
助ければ、他に行く。
助けなければ、そのまま。
そして、今。
知っている女が、踏み込んできた。
これは、想定外だ。
世界は、静かに、
でも確実に――難易度を上げてきている。
