『クラス最底辺の俺、触れたヒロインの死亡フラグが見えるんだが助けたら世界が壊れそう』 ――助けたいだけなのに、選択肢が残酷すぎる~第34花 彼が救おうとしているもの~

フラ壊

 その日は、雨だった。

 放課後の校舎は湿った匂いがして、
 足音がやけに大きく響く。

 スズランは、図書室の奥にいた。

 人気のない席。
 窓の外では、雨粒がガラスを叩いている。

 目の前の机には、一冊のノート。

 ――ダリアが、置いていったもの。

「……見ていいって言われても」

 独り言が、自然と漏れる。

 触れない。
 開かない。

 それでも、存在感だけで十分だった。

 スズランは、アスターの顔を思い出す。

 授業中の横顔。
 ノートに向かうときの、硬い表情。
 「関わるな」と言ったときの、あの声。

(……あれは、拒絶じゃない)

 そう、分かってしまった。

 あれは――
 必死な制止だ。

 スズランは、深く息を吸う。

(アスターは、何を救おうとしてる?)

 最初は、誰かの命だと思っていた。

 でも、それだけじゃない。

 ダリアの言葉が、蘇る。

――助けると、世界が歪む。
――帳尻は、必ず合わされる。

 つまり。

 アスターは、“救えないこと”を知っている。

 それでも、選び続けている。

(……じゃあ)

 スズランの胸が、静かに痛む。

(彼が守ろうとしてるのって)

 ノートの名前。
 日付。
 短いメモ。

 そこに並ぶのは、
 「救えた結果」じゃない。

 救わなかった結果を、引き受けた痕跡だ。

「……そっか」

 小さく、呟く。

「命、じゃないんだ」

 アスターが救おうとしているのは、
 単純な“生き死に”じゃない。

 選ばなかった未来。
 見捨てた可能性。
 そして――

 自分が壊れないための、最低限の線。

(全部救えないって、分かってる)

(だからせめて――)

 自分が“選んだ”と、言える形にしたい。

 偶然じゃない。
 見なかったふりでもない。

 「知ったうえで、決めた」と言えるように。

 そのための、ノート。

 スズランは、目を閉じる。

 胸の奥で、何かが静かに崩れた。

(……それ、優しさじゃん)

 歪んでる。
 間違ってる。
 危険だ。

 それでも。

(独りで背負うには、重すぎる)

 だから、突き放した。

 だから、関わるなと言った。

 守ろうとしたのは、
 スズランじゃない。

 自分が、スズランを選んでしまう未来だ。

 選んだら、
 その先で何が歪むか分からない。

 だから、最初から選択肢から外した。

「……ばか」

 誰に向けた言葉か、自分でも分からない。

 そのとき、背後で椅子がきしんだ。

「理解、した?」

 振り返ると、ダリアが立っていた。

 いつもの笑顔。
 でも、今日は少しだけ静か。

「……うん」

 スズランは、頷いた。

「アスターは」

 言葉を選びながら、続ける。

「誰かを救おうとしてるんじゃない」

 ダリアの目が、細くなる。

「ほう?」

「自分が“選ばなかったこと”に、潰されないようにしてる」

 沈黙。

 雨音だけが、二人の間を埋める。

 ダリアは、ゆっくり笑った。

「正解」

 楽しそうでも、皮肉でもない。

「それに気づくの、早かったね」

「……だから」

 スズランは、視線を落とす。

「放っておけない」

 ダリアは、肩をすくめた。

「じゃあ、もう分かってるでしょ?」

「……なにを」

「君が、これからどこに立つか」

 スズランは、答えなかった。

 でも、迷いはもうなかった。

(……一人にさせない)

 それが、正しいかどうかは分からない。

 でも。

「ねえ、ダリア」

 顔を上げる。

「次は、何を選ばされてるの?」

 その問いに、
 ダリアの笑みが、少しだけ深くなる。

「いいね」

「やっと、そこまで来た」

 ノートに、指先が触れそうになる。

「じゃあ次は」

 囁くように言った。

「救わない選択肢の話をしよっか」

 雨は、まだ止まなかった。

 でもスズランは、もう分かっていた。

 ここから先は、
 戻る道なんて、最初から用意されていない。

タイトルとURLをコピーしました